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side-W

「正座せぇ正座」 「えぇぇぇっ!? だってここフローリング……」 「どアホ! お前つべこべ言える立場(ちゃ)うぞ」  恋人に「ちょっと家に来い」と誘われて意気揚々と駆けつけたのに、ドアを開けるなり頭をひっぱたかれた上に、板張りのリビングで正座をしろと怒鳴り付けられるだなんて思ってもみなかった。  渋々ながらにフローリングに正座したら、ガミガミと上からお説教されて右から左に聞き流す。  どうやらこの間の遅刻が不味かったらしいということだけは分かったので、ずっと前から提案したかったことを言ってみることにする。 「あのさ。要はさ、一緒に暮らせば解決すんじゃね?」 「…………はぁ?」  思わずといった様子でポカンとする稔のリアクションに、内心しめしめと笑いながら、正座していた足をそろりと崩す。 「そしたらさ、なんかあってもお前が起こしてくれるだろうしさ。家賃だって折半だしさ。飯だって今までと違って毎日一緒に食えるじゃん」 「…………はぁ」  どうだ? と会心の笑顔を見せたのに、稔は予想外にも大きな溜め息を吐いた。 「えぇぇぇ、なんだよそのリアクション?」 「お前はホンマに……そら自分に都合がえぇから言うとるだけやろ」 「そんなことねぇだろ? だって、稔だって恋人(オレ)と一緒に暮らせるなら嬉しいんじゃねぇのか?」 「あほ。そら確かに嬉しいんかもしれんけどな。今のお前と一緒に暮らしたところで、オレになんのメリットがあんねん?」 「ぇ? 毎日オレに会える?」 「ガッコで会えるやないか」 「ぇと……毎日えっち出来る……?」 「ほぉん? えぇんやな?」 「ぃやっ……そのっ……毎日、は……ちょっと……」  あたふたと目を逸らしたら、稔がまた溜め息を吐いた。なんでこんなに一緒に暮らすことに乗り気じゃないんだろう。 「……ほんで? 他には?」 「家賃が折半……水道、光熱費も折半……」 「ほんで?」 「ぇと……」  他に何があるかと頭を巡らせながら、同時にムッとしてくる。 「なぁ……稔はさ、オレと一緒に暮らしたくない訳?」 「……オレはお前の彼氏なんやって、……お前のお母ちゃんと違うって、お前ホンマに理解出来とるか?」 「なんだよ、そんなの当たり前だろ」 「やったら、なんでオレに起こしてもらうことが大前提やねん?」 「それはっ……だって、……遅刻したこと怒ったから」 「家事かって、オレの負担が増えるのは目に見えとる」 「っ、けどさ! オレだって洗濯とか、掃除とか出来るしさ! 一人暮らししてんだから!」 「甘える気満々で持ち掛けとんやから、その内オレに甘えるんやろなって目に見えとる」 「それはっ……」 「とにかく、一緒に暮らすのはしばらくはナシや」 「なんでっ!!」 「だから、言うたやろ」 「だから! 稔はオレと一緒に暮らしたくないのかよ!? って聞いてんだよ!」  思い余って、目尻に涙が浮いた。隠すつもりで喚いたのに、稔は心底面倒臭そうに顔を逸らして溜め息を吐いた。 「…………お前が甘ったれとる間はナシや」 「~~っ、分かったよ!!」  一生暮らしてやらねぇからな、と啖呵を切って勢いよく家を飛び出そうとしたのに 「ぐぁっ」  べしょり、とフローリングに大の字で突っ伏すはめになった。 「…………なんや、どないした」 「……足つった」 「っ、ぐふっ」  情けない涙を噛みながらぼやいた声に被さったのは、堪えきれなかった笑い声だ。  なんて締まらないんだろう。いつもこうだ。格好つけたい相手に限って、全然格好がつかない。 「……くそっ……ンなんだよもぉ……」 「そらこっちのセリフや。怒ったり泣いたり忙しやっちゃな……」 「うるせぇよ、くそ……なんなんだよ……一緒に暮らしたっていいじゃん……一緒にいる時間増えるじゃん……何が悪いんだよぉ……」 「……なんやお前……そんなにオレと一緒に暮らしたいんか?」 「そしたら朝も昼も稔の飯が食える」 「…………相も変わらず食い意地だけやないか」 「違うよ。だってさ、一緒にいられない時間だってあったじゃん。飯だってさ、毎日食えた方がさ、嬉しいし楽しいじゃん。なんでダメなの。何がダメなわけ?」  床に大の字で寝そべったまま泣き言を言うなんて、幼稚園児みたいだ。格好悪いのに、ぐじぐじした泣き言が止まらない。 「オレはさ、稔のこと好きだよ? 稔はさ、まだなんか友達の延長くらいに思っててさ、あんま恋人っぽいことしたがらないじゃん。一緒に暮らしたらさ、もっとなんか恋人っぽいこと出来るかなとかさ……色々考えてたのにさ」 「…………友達の延長思てんのはお前の方やろ」 「っはぁ!? 何言ってんの!?」 「無防備に家来て飯食ってごろ寝してんのも前から変わっとらんし。外でベロベロに酔うんも前から。会われん日ぃに電話してみたらゲーム中やって切るんも前から。……何が恋人っぽいことじゃ。言うてみぃ」  寝そべるオレに、稔の悲しそうに怒った顔が近づいてくる。 「オレは友達と楽しい楽しいルームシェアしたいんと違うぞ。恋人と同棲したいんじゃ」  凄む目が、ほんの少し揺れて濡れている。 「…………ごめん、……なさい」  思わず呟いたのに、稔はふぃっと顔を逸らして立ち上がった。 「今日はもう帰れ」 「っでも」 「でもと違う。今日は帰れ」 「…………わかった」

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