2 / 6
ほろ酔い具合も度が過ぎて-1
「うあー・・・」
顔を出したお日様が天高く昇る正午過ぎ。こめかみを軽く押さえながらフラフラと歩くのは里山 だ。職業は巡査をしている。
そんな彼が居るこの屋敷は、いつも何かしらの匂いが住み着いている。
落ち着いた色合いの廊下と壁に掛けられたままの柱時計はもう正午を軽く過ぎていて、屋敷の中もやや閑散としていたが別段気にする様子は見られない。
それどころか、慣れた様子で廊下をテクテクと歩いていた。
「・・・・頭痛ぇ・・・」
昨日飲み過ぎたな・・そんな台詞がつい出てしまう。
縁側までの道すがら、彼は軽く痛む頭をそのままに炊事場へと急いでいた。
勿論水を飲むためだが、理由は他にもあった。
炊事場が近付くにつれてトントン沸々と軽快な音が微かに聞こえてくる。
ひょいと顔を覗かせると見慣れた背中が視界に入った。
「ああ。里山様。おはようございます」
見慣れた割烹着に袖を通した青年がクルリと振り返る。
まな板と包丁を片手に竃の前に立つ彼は名を小山田 という。加賀見 が数年前に連れて来た青年で、今はこうして加賀見の身の回りの世話と助手を担当している。
「ああ。おはよぅ・・」
里山が欠伸交じりの声で返事をすると、それに返すように小山田がクスリと笑った。
包丁とまな板を置き、口元に人差し指を乗せたまま遠慮がちに笑うのは彼の癖だ。
二十歳を過ぎているというのに、何処か少年特有のあどけなさの残る顔が無邪気に見えて。
里山は小山田が時折見せるその表情が、けして嫌いではなかった。
「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが・・・」
「ああ。大丈夫だ。大したことないよ」
そう話しながら小山田の側に近寄ると、ふわりと鰹出汁のほのかな香りが鼻へと届いた。
「今日の献立は何?」
「え・・あ・・・その・・」
小山田が包丁を手にしないことを確認しながら背後に回れば、彼が密かに息を飲むのが分かる。そのまま左手で彼の腰を抱き寄せながら、するりと割烹着の中に右手を忍び込ませると、びくりと肩を震わせながら動く唇の隙間から「あっ」と微かに吐息が漏れた。
その反応がどこか初々しくて。可愛くて。
クスクスと笑いながら、痛々しい火傷の後が色濃く残るうなじに頬を摺り寄せると、花にも似た香りがぷんと匂った。
それは髪の匂いかもしれないし、肌の奥から香るものかもしれなかったが、里山の感情を立ち昇らせるには十分であった。
「・・あっ・・」
「君はいつも良い匂いがするな・・」
ちゅっちゅっと啄むような口付けをうなじから耳の後ろ。耳たぶへと向けると、びくびくと彼の肩が上下に揺れるのが伝わって来る。
はむはむと耳たぶを甘噛みしながら息を吹きかけると、一際大きくびくりと小山田の身体が強張り、微かに後ずさる。
その動きを足を前に出しながら支えるように身体を出すと、そのまま抱きしめられる格好になってしまう。その状態にハタと気がついた小山田が何とか逃れようとするものの、後ろに立つ里山に、がっちりと抱かれている為か、どうにも身動きが取れなかった。
「・・んっ・・・里山・・さ・・ま・・お戯れは・・よしてくださ・・っ・・」
「・・・ん?」
「あっ・・ぃけませ・・」
「どうして?ここには君と私しかいないよ」
「旦那様が・・加賀見さまがおられ・・ます・・っ!・・それに・・」
「うん?」
「まだ陽も高ぃうちから・・そんな・・ぁ・・」
「では、陽が落ちればいいのかな?」
「・・え・・あ・・」
割烹着をそのままに、内側の着物の袂に手を滑り込ませたまま探るように指を動かせば、びくりと小山田の腰が震えるのが直に伝わってくる。
「・・んっ・・」
「顔を・・見せてはくれないのか?」
「・・・え・・あ・・・」
耳元に熱を込めた吐息を吹きかけつつ、ちろりと彼を盗み見ると耳たぶを赤らめながら俯く小山田の頬が見える。
引きっったように若干の皺が残る首筋に優しく唇を落せば、小山田の声が微かに艶めいて。甘く変わったようにみえるその反応にクスリと頬を緩ませながら、髪を優しく撫でると、ホッとしたように小山田の肩から力が抜けていくのが伝わってきた。
『・・・この心音が伝わらねばいいが・・』
先程から心音が五月蠅く鳴り響き、同時にごくりと里山の喉が鳴った。
そんな事を脳裏に秘めながら、里山がゆっくりと小山田の顔を自分の方に向かせると、薄く唇を震わせながら頬を赤く染める彼を視線が重なった。
微かに開けられた炊事場の窓枠からは、澄み切った風が微かに室内へと入って来る。
ガラス窓から差し込む陽射しが小山田を包み込むように照らすその姿に、里山の瞳が大きくなった。
「・・・・・」
灰色に染まる片方の瞳に日差しが触れれば、透き通るびいどろのようにきらめきを放ち始める。
じわりと目尻を潤ませながら瞬きを繰り返す片方の瞳をじっと見つめながら、里山の心の臓がどくりと大きく脈打った。
「・・・透里 ・・」
「・・あっ・・・」
低く、それでいて深みのある声で囁きながら、まるで女性のような小さくぷっくりと艶を帯びた小山田の唇を指でなぞれば、触れる先からふるりと下唇が震え、その震える唇に吸い寄せられるように里山が顔を近づけると、そのまま互いの唇が重なっていった。
「・・ぅん・・・」
「・・・ん・・・」
最初は軽く触れるのみだった唇が少しずつ深くなってくる。頬を桃色に染めながら瞳を閉じる小山田の表情を盗み見ながら、里山もゆっくりと瞳を閉じた。
「・・んっ・・ふぁ・・」
「・・・ん・・」
上唇と下唇を交互に吸いながら噛み付くような口付けを重ねれば、自然と小山田の腕が里山の腕へと伸びる。着物の袖を軽く掴むように何度も擦るその仕草に合わせるように、里山が薄く開いた小山田の咥内へと舌を滑り込ませると、びくりと彼の肩が強張った。
「・・うんぅ・・・」
ぴちゃぴちゃと水音を立てるように絡ませる舌の音がひっそりとした炊事場の中へと響く。
割烹着をそのままに襦袢の中を弄ると、びくびくと小山田の背が上下に揺れる。
探り当てた胸の突起を爪でぴいんと弾いてみれば、重ねていた唇が僅かに動き「あっ・・ん・・」と一際高い声が漏れた。
カリカリと爪の先で引っ掻くように胸の突起を弄ってみれば「んやぁ・・」と、くぐもった声が唇から何度も零れては落ちていく。
次第に腕の力が抜け、自然と顎を動かしながら里山の唇に吸い付いて、甘い声を零すその姿に刺激されたのか、里山が腰を摺り寄せようと動いた瞬間。
背後でコンと何かが当たる音がした。
ともだちにシェアしよう!