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「・・何をしている?」
「・・・っ・・」
その声に小山田の瞳がハタと見開かれ、同時にドンっと里山の胸に衝撃が走る。
どこにそのような力があったのか。我に返った小山田が力を込めながら里山の身体を押しのけたのだと気づくまで、そうそう時間はかからなかった。
「あ・・嗚呼・・」
「・・っ・・」
先ほどまでの甘い時間は静寂の途に消えて。
我に返った里山の視界に映ったもの。
それは顔を青く染めながら里山と背後を交互に見る小山田の姿であった。
「あ・・」
「このような場所で勝手に盛られるのは感心せんな」
「・・あ・・嗚呼・・・」
「お前か・・」
「お前かじゃない。この屋敷でのお手付きは許さんぞ・・里山・・」
寝衣に羽織を肩に掛けたままの姿で白湯を取りに来たであろう加賀見の声は、氷を張った土のように固く冷たさを増しており、表情も不機嫌そのものといったところで。微動だにせず炊事場の入り口に凭れ掛かるように立ったまま、ジッと眼前の二人に視線を向けている。
いつもの笑みを浮かべた表情ではない。
笑っていない瞳が全てを物語っていて、一瞬にして血の気の引いた小山田は自身の割烹着を両手で握りしめながら、あわあわと顔を左右に振ることしか出来なかったが、そんな小山田を庇うように前に立った里山は、何事も無かったかのように眼前に立つ加賀見に視線を向けたのだった。
「・・・・目の前にこんなに可憐な花がある。手を出さん方が無理と言うもの。違うか?」
「違うな。触れたければ他所へ行け。ここは俺の屋敷だ。透里は俺の助手だ。言うなれば妻をも同じ。丹精込めて育てた花を摘み取られるのは我慢ならん」
「・・あっ・・あの・・」
アワアワと首を振る小山田の声がどうにも耳に届かないらしい二人は先ほどからジッと睨み合っている。すっかりと酔いの覚めた里山も何も話すことなく加賀見を見た。
「・・・・・・・」
『いっ・・いけない!』
二人の間に、ばちりばちりと火花が散りかけた様に見えた瞬間、顔を青ざめたままの体で小山田が間に入り、双方に視線を向けた。
「「!?」」
「・・おっ・・おやめください!もとはと言えば私が・・!」
「・・・・」
「・・・・・・」
「違うな」
「え・・?」
「そうだ。違うよ。もとはと言えば手を出した私に非がある。君は何も悪くない」
「・・里山様・・」
「そうだ。もとはと言えばこの色狂いが悪い」
「あっ・・!」
そう話しながら、間に入った小山田の身体をすっと引き寄せるように加賀見が素早く腕を伸ばすと、すっぽりと加賀見の胸に小山田の身体が収まってしまう。
胸元から微かに香る伽羅の匂いに小山田の鼻がすんと鳴る。
里山の視線から隠すように加賀見が小山田の髪に触れ、そのままコトリと顔を加賀見の方に傾ければ、ホッと息を吐く加賀見の胸が微かに動いた。
『・・・あたたかい・・・』
「・・・全く、肝が冷えたぞ・・」
「・・っ・・旦那様・・」
「何を作っていたんだ?」
そう話しながら加賀見の指が先ほどまで里山と交わっていた唇を薄くなぞっていく。
つーっと指が触れる度にふるりと小山田の唇が震え、艶が増したかに見えた。
「あ・・の・・シジミを・・」
「しじみ?ああ。俺達が酔っていたからか・・」
「あ・・はい・・」
「味噌は?」
「まだ・・で・・す・・シジミから先に・・」
「ではそれは後で頂こう。温いのを作ってくれ」
「え・・?」
「燗でいい。温いのを頼む」
「あ・・はっ・・・うぅん・・」
小山田が「はい」と返事をしようと口を開いた瞬間、噛み付くような口付けが交わされる。
髪から耳、首筋へと滑る加賀見の指が優しく、どこか温かい。
「・・・・・・ん・・・」
幾度も角度を変えて交わされる加賀見からの口付けに頭の芯がぼうっとぼやけていくのを感じながら、小山田が指を加賀見の羽織に伸ばそうとした瞬間、すっと加賀見の身体が離れ、互いの唇からつーっと甘い蜜が垂れていった。
「・・ぁ・・」
「では、頼んだぞ」
「・・あ・・はっ・・」
「お前も来い。里山」
「え・・あ・・」
眼前で何が起こったのか、一瞬思考が追い付かなかった彼が瞬きを何度も繰り返しながら加賀見に視線を配ると、それを受け流すかのようにクルリと踵を返して進む加賀見の背中が見える。
「ああそうだ。透里」
「え・・はい・・」
「なるべく早く頼む。肴は良い」
「はい・・」
「熱い夜になればいいがな」
去り際に、流し目でちらりと視線を向ければ小山田と視線が重なって。
加賀見の放つその目力にふるりと背筋を震わせたのは、きっと気のせいでは無いだろう。
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