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《失われた住処》

「おじさん!!」 このまま飛び込んでしまいそうな雰囲気を感じ取って危機感にも似た思いで叫んでいた。 「っ!…きみか、おはよう」 少し驚いたように顔をあげる。 そしていつもの優しい笑顔を向けてくれた。 「おじさん、家が!」 「うん…全部、流されてしまった」 「おじさん…」 「まあ、それ程大事なものはなかったから」 「大事だろ!家が、あんたの住処が…」 「ありがとう、勝手に住み着いた害虫が駆除されただけだ…」 そう、俯き…切なげに微笑む。 その髪も顔も濡れそぼっていて…まるで泣いているように見えた。 「何言ってんだよ!」 「さあ、ここは危ないから君も早く帰りなさい」 「おじさんは?」 帰る場所があるのか? 「……」 その問いには小さく微笑むだけ。 「とにかく、傘に入って、濡れてる」 「いや、もう今更だ、君が濡れてしまう」 「いいから!」 ヨレヨレの服を着た腕を掴み傘に引き入れる。 「ぅわ、」 しっとりと濡れた作業着、しかし重みを感じないほどその身体は簡単に動いた。 痩せている、と漠然と感じ取れた。 「とりあえず、ウチ行きましょ、身体冷えてる」 「いや、大丈夫だ、見ず知らずの者を簡単に家に招くものじゃない、犯罪に巻き込まれたら…」 「見ず知らずじゃないですよ、毎日会って話す仲です、貴方は俺の友人だ」 傘の中で、少しかがんで…おじさんに顔を近づけ微笑む。 「……」 「美味しいコーヒーあるんで、一緒に飲みましょ」 「……人がいいな、君は」 そう肩を竦め、微笑んだ。 「そうっすか?困っているヒトを見かけたら助けるのはフツーですよ」 「…ありがとう」 一つ傘の中に二人は窮屈だったが、おじさんが濡れないように一緒に歩きながら家路を急ぐ。 おじさんはヨレヨレの長袖長ズボン、帽子を深く被り、6月だと言うのに、両手には黒い軍手のような手袋をしていた。

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