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《不自由な両手》
この春から借りているアパートに着く。
玄関ドアをあけ、室内に招こうとするが…
「どうぞ」
「いや、ここでいい」
「え?」
「見ての通りだ、何日も洗濯していない、雨にも濡れている、上がれば君の家を汚してしまう、ここで充分だから」
額を伝う雨の雫を袖で拭いながら断るおじさん。
「別に構いませんよ、男ひとりの家だし」
「いや、ここで雨宿りをさせてもらえたら充分…」
「じゃ、服脱いで上がってください、洗濯しましょ、ついでにシャワーどうぞ」
「え?いや、大丈夫…って君!」
「風邪引いたらいけないでしょ」
構わず上着のファスナーを下げ、上着を脱がし、濡れた長髪をバスタオルで拭いてあげる。
「……ありがとう」
強引なその様子に面食らっているようだけれど…おずおずとお礼を呟く。
「なんならズボンも脱がしましょうか?」
「ふ、面白い子だ、分かったよ風呂場を少し貸してくれ」
「もちろん、どうぞ」
観念したおじさんを脱衣所に案内した。
おじさんが風呂に入っている間に温かいコーヒーを準備する。
すると。
カラン!ガシャン!
そう何度も風呂場から音が…
気になって風呂場に様子を見に行く。
「おじさん?大丈夫っすか?」
「あぁ、すまない、気をつけてはいるんだが、滑り落ちてしまって、壊してはないから」
どうやらシャワーヘッドを掴み損ねて何度か落としてしまった様子。
全裸で前を隠しつつ謝り答えるおじさん、やはりあまり食べていないのかかなり痩せている。
それより目を引いたのが…
「その手…」
おじさんの右手は親指以外の指が根元から切断され欠損していた。
驚いてしまう。
「あ、すまないね、見栄えは良くないだろう」
そう右手を隠す左手は、手全体に火傷の痕が残っていて、曲げにくそうになっていた。
「…手伝いますよ」
落ちているシャワーヘッドを拾いながら声をかける。
「…ありがとう、君は優しいね」
「そこ、座って、髪洗いますね」
風呂場の椅子に誘導して…
肩ほどに伸びた髪を湯で流して、綺麗に洗っていく。ボサボサだった髪を解しながら、時間をかけて洗い流す。
線の細い肩、背中は背骨が浮き出るほど痩せている。
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