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《二度と戻れない》
敬大くんの家を出て…
空き缶を拾いながら、ずっと歩き続けた。
一駅、二駅過ぎて…
もうあの街には帰らないつもりで…
また、やり直しだ。
缶を買い取ってくれる新しいごみ処理施設を探して、寝床を確保しなければ。
これからは台風の季節、強い雨も多くなるから、雨風しのげる場所を…
敬大くん怒るかな…
けれど、真っ当に生きている青年が、こんな浮浪者と関わるべきじゃないんだ。
ご両親に知られる前に出て行くべきだったのに…。
もう七月…
日中はかなり暑い。
額に伝う汗を拭いながら歩き続ける。
喉が渇いた…
水が飲みたい…
生きていればどうしても発生する生理的欲求。
「あった、公園…」
ずっと歩き続けて、喉の渇きが…
ようやく見つけた公園で、井戸水をもらおうと立ち寄る…
そこには小さな子を遊ばせているお母さん達が立っていた。
「ちょっと、貴方、こっちに来ないでください!」
「子どもに何する気!!」
「いや、水を…」
「子どもの水場を汚さないで」
「早く出て行って!警察呼びますよ!」
「…わかった、すまないね」
ここは無理だな、次の公園を探そう。
すぐ謝って、公園を出る。
ため息をつきつつ、次の水場を求めて歩き出す。
(これが現実なんだ)
街を歩けば、下げずんだ目で見られる。
声をかけてくれる者など皆無。
最近は公園のベンチにいるだけで通報される。
それが当たり前だ、子供たちが遊ぶ場所に私のようなものは似つかわしくない。
「……」
独りになると余計に敬大くんの優しさが身に染みる。
気さくに声をかけてくれて、優しく触れてくれた。
(必要としてくれる者など居ない)
(私は厄介者、世の中に見捨てられた一人)
けれど…
『貴方が大切…』
あんなことを言われたのは初めてだった。
たとえ、いっときの気の迷いでも、私は本当に嬉しかった。
「龍川敬大…まだ、あんなお人好しの人間もいるんだな…」
「本当に温かかったな」
敬大くんの体温…生きていることを感じさせてもらえた。
これから何度だって思い出すだろう。
敬大くんの人生で、私と触れ合った時など一瞬の出来事だ。
楽しいことはこれからいくらだってある。私のことなど、記憶の奥底に追いやられて、忘れ去られてしまう。
けれど、私には…
人生で一度あるかないかの幸せな時間だった。
「っ、ありがとう」
汗とともに涙が零れ落ちる。
もう戻らないと誓って出たのだから。
弱音は吐かない。
あるのは感謝だけ。
前を向いて…
独りで生きて行かなければならない。
「……」
せめてラジオでもあれば情報が手に入るんだが、川に流されてしまったから。
自転車も探さないと…
スクラップ場にでも行ってみるか。
唯一、もらって出たのが歯ブラシ…敬大くんが買ってくれた。
私へのプレゼント。
大切に使おう。
敬大にもらった温もりを胸に、あずまは振り返ることなく。
敬大の元を去っていくのだった。
(第1部)完結。
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