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29.影の尾
列車がやってきた。東京の方でも見かけるオレンジの車体・ストレートシートタイプのものだ。甲府~高頭 にかけては『青電 』の愛称で親しまれている青い車体・ボックスシートタイプのものの方が主流なのだが。内心で『珍しいな』などと思いながら照磨 、ルーカス、景介 の順で横並びに腰掛けていく。
部活帰りの明生 高校の生徒達がひしめく車内。カーブを曲がる度にルーカスの肩と景介の腕とが触れ合う。絶妙な距離感が嬉しくもあり、切なくもあった。
『次は高頭。高頭です』
これといった会話もないまま20分が過ぎようとしていた。車内アナウンスがやたらと大きく聞こえる。このままではまずい。景介の気分を高揚させ自宅に招くよう誘導する。そういった作戦のもと同乗しているというのに。このままでは建前通り横川 で解散となってしまう。何かないか。話題の種を探して周囲を見回す。
「あっ……」
正面の広告に目が留まった。スーツ姿の男性が微笑みを浮かべている。知的でミステリアスな風貌の美男だ。そうそうお目にかかれるようなタイプの人間ではない。――はずなのに、どうにも見覚えがあるような気がしてならない。
「楽ちんだね~。この電車なら乗り換えなくていいし」
「そっ、そうですね!」
同調しながら隣席の照磨に目を向ける。
「~~~ッ!!!???」
瞬間、衝撃が走った。まさか。再度電車広告を見る。
「せ、先輩ってその……芸能人サン!?」
「はぁ? 何言っ――ああ……なるほどね」
照磨は広告を見るなり空き缶でも蹴り飛ばすように床を蹴った。
「心外だな。あんなオジサンと見間違われるだなんて」
「へっ……?」
改めて広告を見てはっとする。ポスターの中の男性はとても10代には見えない。刻まれた皺の具合を見てもゆうに40は超えている。
「わわっ!? し、失礼しました!!!」
「いいよ。慣れてるし」
照磨はどこか自嘲気味に笑った。赦 されたことにほっとしつつもどうにも腑 に落ちない。芸能人、特に美男美女に部類される人々に似ていると言われれば大抵の人間は喜ぶ。照磨はなぜああも不快感を露わにしたのか。30近く年の離れた男性に見間違われる。それ自体が不快でならないということなのだろうか。
――それから約15分後。横川駅に降り立った。三多摩 地区の中心都市というだけあって賑わっている。ホームの数も段野 の倍以上だ。左右を走る複数本のホームを見ていると口から重たい空気が漏れ出た。
景介は変わらず無言のまま。自宅には誘ってくれそうにない。一人暮らしであることを理由に迫れば勝率も上がるだろう。しかし、それは禁じ手だ。いかなる理由があろうとも、これ以上母の死を利用するようなことがあってはならない。とはいえ、それ以外に手がないというのもまた事実。引くことも押すことも出来ずに立ち尽くす。
「ほんと、世話が焼けるんだから」
直後、照磨の瞳が輝き出す。嫌な予感がした。何か企んでいる。感じ取った時にはもう二人の姿はなかった――。
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