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63.彩る、君と

「お久しぶりです。景介(けいすけ)です。……あの時は本当にすみませんでした」  深々と頭を下げる。そんな必要はない。(とが)めるように名を呼ぶ。対して景介は首を横に振り、反意を示した。 「ルーカス君のことを幸せに出来るよう努力していくつもりです。もう絶対に逃げたりしません。なので、その……今後ともよろしくお願いします」  胸が熱くなっていく。生真面目な彼だからこそ余計になのだろう。嬉しい。言葉で言い表せないほどに。見つめると、少々オーバーな咳払いで返された。自然と笑みが零れる。 「……外、出てもいいか?」 「どうぞ」  景介を導くように先にテラスに出た。軽量化された水はけのいいバルコニーサンダルは、ハニーイエローの温かな色味とは裏腹にひんやりと冷たくなっていた。 「ここも変わらないな」 「正直に言ってくれていいよ。ひどいもんでしょ?」  所々にあるプランターには雑草の森が。心和ます花の影は最早どこにも見当たらない。出来ることなら彩り豊かな場所に戻したい。だが、その方法がまるで分からない。調べてもまったく頭に入ってこないのだ。母から直接習っていればこんな事態にはならなかっただろう。機会はいくらでもあった。にもかかわらず、先延ばしにし続けた。カメラや日本語の勉強を言い訳にして。自業自得だ。 「手伝おうか?」 「えっ!? ケイ、分かるの?」 「ばあちゃんも好きだったから」  言われてみれば確かにそうだ。彼の旧家の庭は小さな花々を始め枝垂(しだ)れ桜や椿といった花木も咲き(ほこ)るとても華やかな場所だった。広さは概ねテニスコート一面分。自宅兼、教室であったことから門下生達も花の手入れをしていた。おそらくはそれに混じって、あるいは彼らがいない時にでも手伝いをしていたのだろう。 「ぜ、ぜひ! お願いします!」  景介と協力して彩り溢れるテラスを取り戻す。母もさぞ喜ぶことだろう。期待を胸に景介を見る。 「……っ、おっ、おう」  唇をへの字に目を逸らす。照れる彼を一頻(ひとしき)り愛でた後で榊川(さかきがわ)に目を向けた。夕日を受けて輝く川。その両脇では菜の花が静かに揺れている。 「あの日はすっごく暑かったよね」 「……そうだな」 「川の周りは重たい緑で溢れてた」 「……ああ」 「でも、そのどこにも黄色はなかった」 「…………」  景介は息を詰め瞳の影を広げた。それだけのメッセージを込めていたのだろう。逸る鼓動を胸に訊ねる。 「あれはやっぱり菜の花だったのかな?」  投げかけると景介は息をついた。答えを紡ぐには過去の自分と向き合わなければならない。急かさず待とう。心に決め川を眺める。すると間もなく景介が(おもむろ)に語り出した――。

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