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98.目覚める君、ささやかな願い
――2日後の12月26日
景介 は一般病棟の個室に移された。意識は未だ戻らずにいるが容体は安定したらしい。
部屋の奥にある腰高窓 に対し横向きに置かれたベッド。その左手には有料のテレビ、右手には私物等を入れられる棚が備え付けられている。消毒液の香りが鼻の奥を擽 るのを感じながらベッドの左手、廊下側に置かれた丸椅子に腰かける。
「…………」
不思議だ。いや、実に恐ろしい。両目を覆われた彼を見ていると記憶の中の彼の顔までもがぼやけていくような気がする。ほぼ毎日見て思い続けていたはずなのに。写真を見れば解決することではある。だが、景介はどうか。失明していたのだとしたら彼はどうやって――。
首を横に振り景介の手を取った。どんな未来が待ち受けていようともこの手は絶対に離したりしない。
「今度こそ、絶対に――」
「ん……っ」
不意にぐぐもった声が聞こえてきた。見れば景介が身じろぎをしている。
「ケッ……ケイッ!?」
「ルー……? ~~痛っ……っ」
景介は声を発するなり身を縮めた。目や折れた右腕が痛むようだ。
「~~っ!!! 何だよ、これ。一体どうなっ――」
「ケイ! その、落ち着いて聞いてくれる?」
「えっ? あっ、……ああ」
ルーカスは景介の左手を握ったまま事故の経緯、容体を説明していった。
「……そうか」
こもった声。手術の影響だ。目の下に入れられた小型のバルーン。そのバルーンを膨らませる空気入れへと繋がる管が、左右の鼻の穴から1本ずつ出ている。骨を元の位置に戻すためとはいえ痛々しく不憫 でならない。
「……光は……感じる。けど、これだけじゃまだ……な……」
「絶対に見える」とは言いたくても言えない。歯痒 さにカーキ色のカーゴパンツを握り締める。
「見えないからかな。お前の笑った顔が見たくて、見たくて……仕方がない」
「ケイ……」
せめてこの願いだけは何としても叶えてあげたいと思った。
「悪い。こんなこと言われても困る――」
景介の左手を自身の頬に触れさせる。
「ルー……?」
「そのまま手に意識を集中させて」
景介が頷いたのを確認した後でゆっくりと口角を上げた。彼の手が遠慮がちに動き始める。唇や頬の形を確かめるように。
「……笑ってる」
「正解」
ほっとしたのだろう。景介は深く息をついた。けれど、手は離れない。ルーカスも望んでいることだ。微笑みを浮かべたままその手を受け入れる。
「ごめんな。嫌なこと思い出させて」
上がっていた口角が下がり頬が小刻みに震え出す。
「本当にごめんな」
傷だらけの白い指が目元を撫でて涙を攫 っていく。ルーカスは首を左右に振りその手に口付けた。
「戻ってきてくれてありがとう」
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