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116.温かな約束

「ケイの誕生日のことで相談があって……」 「あ? 半年近く先の話だろ」 「そっ、そうなんだけど! そのっ……とにかく、見て!」  景介(けいすけ)怪訝(けげん)な面持ちで封筒を手に取った。どんなリアクションが返ってくるのだろう。期待と不安を胸に両足の指をウェーブさせる。 「何だこれ? ……チケット……?」  航空チケットだ。貯金のすべてつぎ込み、足りない分は父や彼の知人の写真家の手伝いをするなどして工面した。こうして今日までバレずにこれたのは皆の協力の賜物だ。感謝してもしきれない。 「行先見てみて」  夜空の瞳が大きく見開く。それもそのはず。行先はアスペン。ルーカスの故郷であるのだから。 「オ、オレが勝手に考えたプランはこうです! まず、日本時間の9月20日にみんなでケイの誕生日をお祝いします」 「……お、おう」 「そんで夜の8時に日本を出てアスペンに向かいます。す、すると、どうなるでしょう?」 「疲れるだろうな」 「っ!!? それは……っ、まぁ、そうなんだけどさ!」  想定外の返答を受けて狼狽(ろうばい)する。景介はそんなルーカスを見て破顔した。 「で、どうなるんだ?」  訊ねてくれる。幼い子供を相手にするように。 「ふぅ~~っ……」  息をつく。ほんの少しだが体が軽くなったような気がした。 「アスペンと日本の時差は16時間」 「へぇ」 「なっ、なので、9月20日の夜8時に日本を出ればアスペンでもケイの誕生日を迎えられる……ってなわけで……」 「つまり?」 「ねっ、年に2回も誕生日をお祝いが出来ちゃう! ってなわけなのです!」 「すげえな」 「だっ、だからね! ……そのっ……そのうちの1回をオレに……。~~っ、オレに独り占めさせてもらえ、ないっ……かな?」  景介は目を見開き、両の口角を下げた。呆れている。  ――答えるまでもない。  そう言いたいのだろう。だが、こればかりは譲れない。 「けっ、ケイ――」 「例の森には連れて行ってくれるのか?」 「っ!」  色違いの瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、力任せに頷く。 「もちろんだよ!!」  予定時刻に日本を出れば、アスペンに着くのは現地時刻で9月20日の午後2時頃。ポプラの森までは空港から車で30分ほどだ。移動に必要な車は父が出してくれることになっている。 「オレの宝物の景色の中でケイの誕生日をお祝いさせてください」 「…………」 「えっ……?」  景介は笑ったまま答えようとしない。 「ううっ……! けっ、ケイ……!」  もどかしくなって彼の名を呼ぶと一層やわらかな笑みが返ってくる。 「いっ、イジワルしないで――」 「ありがとな。楽しみにしとく」  ムズムズする。導火線に火をつけられたようだ。ジリジリと火が迫り――弾ける。 「~~っ、ケイ!」  絵を脇に抱えたまま抱き締めた。強く、強く、深く、深く――。  ――これから先もルーカスはカメラを、景介は筆を手にし続けるだろう。人や生き物、自然、そして自分自身の『生』を示すために。そうして少しずつ形作っていくはずだ。人生という名の、娯楽にすらなり得ない自己満足の塊のような映画を――。

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