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02.光

 (まばゆ)く、それでいてやわらかな印象を抱かせるバターブロンドの髪。  左目はラピスラズリにも似た青色で、右目は紅葉したポプラの葉のような黄に染まっている。  口角を下げながら、景介(けいすけ)の手元を見ていく。絵の中のルーカスは、テラスの端500メートルほど先に見える雄大な川・榊川(さかきがわ)を背にして立っていた。その口元にやわらかな笑みを浮かべながら。  全体を通して非常に写実的でありながら、遠景や光は水彩画ならではの(ぼか)しや、(かす)れを活かして表現をしている。  タッチに変化をつけることで空気感や体温をも描き出す。11の少年の作品とは思えぬほどの出来栄えに、類まれなる才能と血の(にじ)むような努力、その両方を感じ取る。  憧れて止まない世界。その世界に間もなく自分は入る。  ――好きになれるかもしれない。  右目のことを。  ――謝れるかもしれない。  傷付けてしまった両親に。 「これ終わったら手伝いに行くぞ」  景介はそう言って筆を動かし始めた。モデルが自分であるせいだろうか。筆の動きを目で追っていくうちに、全身を(くすぐ)られているような錯覚を抱く。堪らずふき出すと、控えめながら際限なく笑いが零れ始めた。 「……何だよ」  擽ったいから。言いかけたところで言葉が変異した。なるほど、こっちの方がしっくりくる。ルーカスは更に笑みを深めながら言う。 「幸せだなぁ~と思って」 「……馬鹿じゃねえの」  景介はただ呆れるばかりだ。それでもいいと思えるほどに多幸感に満ち満ちている。我ながら浮かれすぎている。思いながらも止められない。 「やっぱオレ、ケイと一緒にいられなくなるのヤダだなぁ~」  それは、今の今までずっと抑え込んでいた言葉だった。口にしたところでどうにもならない。虚しくなるだけだから、と。案の定、心の中が曇り始める。同様に景介も。 「……おじさんに写真、教えてもらうんだろ」  まさにその通りではあるのだが、心が妙にささくれ立っている。 「写真の勉強なんて日本でも出来るよ! けど、ケイとは日本でしか――っ!」  勢いは一瞬にして(しぼ)んだ。景介が乱暴に筆を置いただけで。(うつむ)くと、彼の描きかけの絵に意識が向き――気が付いた。  川原の緑に、実際の景色にはない『黄』が差し込まれていることに。 「馬鹿言うな。許されるわけないだろ。お前は……っ」  景介の頬に一筋の涙が伝い、落ちていく。突然のことに驚き、固まっていると彼の体が反転した――。

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