「え！？　け、ケイ！？　ちょ、ちょっと！」 　道具も何もかも置いたまま走り出した。彼が向かう先、そこには階段がある。下れば駐車場へ。言わずもがな、そこまで行ってしまえばどこへなりとも駆けていける。彼の祖母が待つ自宅に帰ることも可能だ。 「まっ、待って！」 　困惑しながらも後を追う。木製の階段を景介(けいすけ)に負けない速さで叩き、か細い腕を掴んだ。 　――次の瞬間、視界が大きく傾く。 「っ！　ケイ！！」 　瞬時に状況を理解したルーカスは、目の前にある背を抱き寄せ、腹の奥に力を込めた。視界は更に傾き、最後には青空が広がる。綺麗、などという感想を抱く間もなく全身に強い衝撃が走った。 「ルー！？　大丈夫か！？　おい！」 　我に返ったのか、景介が必死になって案じてくる。見たところ無傷であるようだ。激しい痛みに蝕(むしば)まれる中、ほっと息をつく。 「～～っ、ごめん……っ、ごめ……っ……」 　降り始めの雨のように雫がぽつぽつと降り注ぎ、ルーカスの胸や顔を濡らしていく。 「最後なのに……俺がやらなきゃいけないのに……」 　独り言のように言う。耳を澄ませて漸く聞き取れるレベルの小さな声で。重たく沈んだ表情も相まって不安が高まっていく。ルーカスは堪らず彼の頬に手を伸ばした。 　木製の床を踏む音が聞こえる。母だ。心配そうな声をしている。『大丈夫』返そうとしたところで、温もりが離れていった。 「ごめんな……っ」 　景介は言うなり駆け出した。 「まっ、待ってよ！　ケイ……～～って……っ」 　全身に、頭に激痛が走る。立ち上がることすらままならない。どこからともなく聞こえてくる嘲笑(ちょうしょう)。視界は潤み、彼の姿すら捉えられなくなる。 「行かないで。……おねがっ……ケイ……っ」 　悲鳴が聞こえる。荒々しい足音。抱き上げられ、揺さぶられる中でも手を伸ばし続けた。遠ざかる背に向かって、ただひたすらに――。