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04.3年後の今
壁に飾られた1枚の絵。緑の額縁に収められたその絵の時は、あの時からずっと止まり続けている。
――3年もの間、ずっと。
『……ルーク、聞こえておらぬのか~?』
「え? ああ、ごめん! ちょっと浸っちゃって」
慌てて詫びると、電話の向こうの父・アーロンは豪快に笑って許してくれる。時代劇から学び得たという日本語。時代錯誤も甚 だしい仕上がりだが、本人としては気に入っているらしく、改める気はさらさらないらしい。
『で、どうだった? 家の方は』
曖昧 に返しながら足元の段ボール箱を見る。エアメールの束が顔を覗 かせていた。すべて景介 に宛てたもの。一番上の封筒には宛先不明のシールが貼られている。湧き上がってくるほろ苦い感情。それらを振り切るようにリビングに向かう。
「取り壊されて、駐車場になってた」
『そうか……。セッシャ達の家の具合はどーじゃ?』
以前ほどではないものの、リビングには大小様々なサイズの段ボールが置かれている。年月を経たせいか、ブナ製の床は淡い黄色から茶色がかった深みのある色に。壁の白は少し黄ばんでしまっていた。
まずは掃除から始めるべきか、などと思っていると、悪戯な埃 に鼻を擽 られる。
「びゃっ!? ぐしゅっ!!」
『おぉ~!』
「ごっ、ごめん……」
父に謝りながらティッシュ箱を探すと別の小箱が出てきた。中に入っているのは写真立て。薄いピンクのガラスの枠の中には白のシャツワンピース姿の母がいる。
「…………」
袖で鼻を拭い、彼女をテーブルの上に置いた。振り向き様に無邪気に笑う母は、カメラの向こうの父に何を思っていたのだろう。母の笑顔を見て、父は何を思いシャッターを切ったのだろう。これまで何度となく抱いてきた疑問を胸の中で転がす。
『何にしても、ママは喜んでいるだろうね。久々にボコクの風を感じられて』
物悲しい静寂に包まれる。幸せそうに微笑み合う両親。そんな二人を思い、写真を見ていると――ガラス板に映り込む自分と目が合った。
頬に向かって緩やかに伸びる眼瞼 。中にあるはずの黄色い虹彩 は、左目と同じ青で染められている。悲しげに目を伏せる両親、それに景介の顔が目に浮かぶ。
「ごめん」と声もなく謝ると、日の光が部屋中を照らしだした。吹き抜ける風。靡 くバターブロンドの髪。舞い込んできた桜の花びらを目にした時、何となくだが呼ばれているような気がした。導かれるままテラスに出てみる――。
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