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12.嘘
全身の力が抜け、浮遊感に足をすくわれそうになる。
「え? いや、そんな……」
「……今は空手に専念してる」
心が拒絶する。何を言っているんだ。半笑いで景介 を見る。
「お前と遊んでた頃、絵と並行して空手もやってたんだ」
「そう、なの?」
「最初は全然乗り気じゃなかった。けど、やってく内に絵よりも空手の方が楽しくなっていって……それで……」
初耳ではあったが十分に有り得る話だった。二人は写真と絵を交換し合うことで仲を深めていった。だが、いくら親しくなっても放課後を共に過ごすのは2週間に1回程度。創作優先の日々を改めることはなかった。
故に有り得る話、と認めざるを得ないのだ。いくら心が拒んだとしても。
「きちんと伝えておくべきだった。本当にごめん」
深々と頭を下げる。逞 しく成長したはずの彼の体が、脆 く儚 く映った。
「……謝る必要なんてない。オレ、嬉しいよ。ケイが絵以上に夢中になれるものを見つけられて」
聞き間違いかと言わんばかりに目を見張る。
「本当だよ」
思いを背で隠すように言葉を重ねた。本音を言えば続けてもらいたい。あの絵もきちんと完成させてほしい。しかし、それを求めることで景介の傍 にいられなくなるというのなら、きっぱりと諦める。
「全力で応援するよ!」
景介は静かに目を伏せた。
罪悪感を拭いきれずにいるのだろう。気の毒に思う一方で、カメラを持ってこなかったことを心底後悔していた。形はどうあれ自分は確かに景介の中に存在し続けていた。それを物語る表情であったから。
「昔の話はこれでおしまい! こっからはもっと楽しい話をしようよ」
黒い瞳が大きく揺れる。期待を感じ取ったルーカスは、右目から手を退けた。
「やり直そう。もう一度、始めから――」
瞬間、再び白い扉が開かれる。出てきたのは頼人 だった。
「こらこらぁ~。俺の頑張りを無駄にするんじゃないよ」
景介は大きく舌打ちをし、ポケットから眼帯を取り出した。
「ありがとう」
手にした眼帯は温かった。ずっと握り締めていたのだろう。伝わってくる切なる願いに胸を痛める。
「……行くぞ」
二人に続いて歩いていく。斜め前に景介、右隣りに頼人といった配置だ。右目を覆った状態で歩く世界はどうにも歩きにくい。足の裏の感覚が薄れていくようで不安になる。疲労が背をつつくのを感じた。小さく息をつくと声を掛けられる。
「大丈夫か?」
声は横から聞こえてきたようだった。頼人の方に目を向けると優しく微笑み返される。いい機会だ。ルーカスは意を決して口を開いた――。
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