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23.道着とカメラと

 薄緑色の柔道畳の上。横並びに描かれた二つの正方形。サーモンピンクのそれらの上に白い道着姿の部員達が横7、縦5で整列する。彼らが見据える先には屈強な体つきの主将。その背後の壁には『闘魂』と荒々しく書かれた書がある。 「ふへぇ~……」  馴染みのない集団的な熱に辟易(へきえき)としながらもカメラを構えていく。  ルーカスの今の肩書は空手部の広報だ。部員達が試合や鍛錬に励む姿を撮影し、選りすぐりのものをブログに上げていく。フラッシュは()かない。組手を行うピンクの囲いの中には入らない。などの制約こそあるものの、それさえ守れば後は自由に撮影をすることが出来る。理解を示してくれた部員達に心から感謝をしつつ、主将にレンズを向ける。 「う……っ」  けれど、そこで止まってしまう。指がまるで動かないのだ。もたついている間にあの嘲笑(ちょうしょう)までもが木霊(こだま)し始める。 「けっ、ケイ。……っ! いっ、いた……」  右側の最後方、四角いサーモンピンクの枠上に彼はいた。見ているだけで強張りが解けていく。やはり景介は特別だ。愛おしさを募らせながらシャッターを切っていく。  見れば見るほどに凛としていて美しい。その一方で、どこか(はかな)げに映るのは他の部員達に比べて細身であるせいか、あるいは――。 「っ! なっ……~~っ!」  あらぬ妄想を膨らませてしまう。きっちりと着付けられた道着が戦いによって乱されていく様を。 「ふぁ……! ぐぐっ!!」  神聖で荘厳(そうごん)な武道を冒涜(ぼうとく)する気か。内心で自らを激しく叱責する。  直後、部員達が一斉に拳を突き出した。稽古が始まったようだ。景介以外の部員も撮らなければ。思うのにレンズが彼を掴んで離さない。 「マジ? ……っすか……?」 「はははっ、大マジよ~」  不意に話し声が聞こえてきた。出元は格技場の右手奥。ダルマを彷彿(ほうふつ)とさせるような上下赤のジャージ、体格、顔立ちをした顧問・困り顔の頼人(よりと)からだった。 「……か、かっけー……」  反射的に呟いてしまう。それほどまでに今の頼人は魅力的だった。道着姿であるのは勿論のこと、メガネもかけていないのだ。かまぼこ型の目に、通った鼻筋。メガネによって隠されてしまっていた端麗なパーツの数々。筋骨隆々な体格も相まって非常に勇壮(ゆうそう)な印象を抱かせる。 「メガネ……絶対ない方がいい」  頼人には自覚がないのか。あるいは分かっていてあえてかけているのか。真相は不明だ。 「っ!」  横からシャッター音が聞こえてくる。1メートルほど離れたところに立つ照磨(しょうま)からだった――。

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