85 / 116
85.満ちる時
「今回の挑戦でケイと一緒にいる自信? みたいなものが付いたような気がするんだよね」
「……俺も同じようなことを思ってた」
景介 はもう一口麦茶を飲み、ほぅと小さく息をつく。
「お前の中に俺だけの居場所を見つけた。それが大きかったんだろうな」
まるっきり同じだ。深く頷いて同意を示すと包み込むような微笑みで返してくれる。
「…………」
黒く澄んだ夜空のような瞳は自信に満ち満ちている。
――来る。
確信したのと同時に名を呼ばれた。低くも温かみのあるチェロのような声音で。
「リベンジ、させてもらえないか」
時は満ちた。もう臆 することはない。ただ進むだけだ。
「こちらこそ! よろしくお願いします!!」
その声は明るく弾んでいた。例えるならピッコロだろうか。指でファインダーを作り景介を写す。この3年間願い待ち続けた瞬間が間近に迫りつつある。実感を胸に指ファインダーの中の彼を見る。
――と、隅に母がいることに気付く。途端によぎる空っぽになってしまった彼女の姿。順調であるせいだろうか。ざわめきを鎮めるよう努めていく。そう何度も起こることではない。いや、起こってはいけないことなのだと。
「ん……? どうかしたのか?」
「えっ? あ……うっ、ううん! 何でない……」
そう返すと景介は直ぐに表情を和らげた。ほっと胸を撫で下ろすと身を乗り出してくる。
「わっ!? ちょっ……!」
「嫌か……?」
強張る体。けれどそれ以上に靄 が、形容しがたい不安の方が気になった。解消したい。一刻も早く。
「…………うっ、ううん! しっ、……シよ」
「……ありがと」
言いながら貪 るように口付けてくる。
「んっ……ハァ……っ」
上がる体温。滴る蜜。朦朧 とする意識の中ルーカスは何度となく願った。この幸せがいつまでも続くようにと――。
――約1か月後、12月22日の放課後。ルーカスと景介はライブリー家のテラスに立っていた。決意の日からまるで進んでいないリベンジの準備を進めるために。間があいてしまったのには訳がある。
1~2週目はテラスの整備に。3~4週目は期末テストに追われていたからだ。苦楽の1か月間を思い返しながら偽りの青を取り去る。
「寒くないのか?」
気に掛けるのも無理はない。5℃を下回っているのにもかかわらずコートも、ブレザーすらも身に着けていない。白のセーター姿であるのだから。
「風邪引くぞ」
そう言う景介は黒のベンチコート、黒のマフラーとしっかりと着込んでいる。それが普通。自分が特殊なのだ。亜寒帯気候に属する高山地域の生まれであること。細身だが筋肉質であること。極寒地域での撮影を数多く経験してきていること……などなど。ここまで条件が揃い、鍛えられた人間はそうはいない。
「これでも巻いとけ」
見兼ねた景介がマフラーを外しながら向かってくる。
「だっ、大丈夫だって!」
「いいから」
聞く耳を持たない。どうしたものか。景介から視線を外して考えを巡らせている――と驚くべき光景が目に飛び込んできた――。
ともだちにシェアしよう!