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85.満ちる時

「今回の挑戦でケイと一緒にいる自信? みたいなものが付いたような気がするんだよね」 「……俺も同じようなことを思ってた」  景介(けいすけ)はもう一口麦茶を飲み、ほぅと小さく息をつく。 「お前の中に俺だけの居場所を見つけた。それが大きかったんだろうな」  まるっきり同じだ。深く頷いて同意を示すと包み込むような微笑みで返してくれる。 「…………」  黒く澄んだ夜空のような瞳は自信に満ち満ちている。  ――来る。  確信したのと同時に名を呼ばれた。低くも温かみのあるチェロのような声音で。 「リベンジ、させてもらえないか」  時は満ちた。もう(おく)することはない。ただ進むだけだ。 「こちらこそ! よろしくお願いします!!」  その声は明るく弾んでいた。例えるならピッコロだろうか。指でファインダーを作り景介を写す。この3年間願い待ち続けた瞬間が間近に迫りつつある。実感を胸に指ファインダーの中の彼を見る。  ――と、隅に母がいることに気付く。途端によぎる空っぽになってしまった彼女の姿。順調であるせいだろうか。ざわめきを鎮めるよう努めていく。そう何度も起こることではない。いや、起こってはいけないことなのだと。 「ん……? どうかしたのか?」 「えっ? あ……うっ、ううん! 何でない……」  そう返すと景介は直ぐに表情を和らげた。ほっと胸を撫で下ろすと身を乗り出してくる。 「わっ!? ちょっ……!」 「嫌か……?」  強張る体。けれどそれ以上に(もや)が、形容しがたい不安の方が気になった。解消したい。一刻も早く。 「…………うっ、ううん! しっ、……シよ」 「……ありがと」  言いながら(むさぼ)るように口付けてくる。 「んっ……ハァ……っ」  上がる体温。滴る蜜。朦朧(もうろう)とする意識の中ルーカスは何度となく願った。この幸せがいつまでも続くようにと――。  ――約1か月後、12月22日の放課後。ルーカスと景介はライブリー家のテラスに立っていた。決意の日からまるで進んでいないリベンジの準備を進めるために。間があいてしまったのには訳がある。  1~2週目はテラスの整備に。3~4週目は期末テストに追われていたからだ。苦楽の1か月間を思い返しながら偽りの青を取り去る。 「寒くないのか?」  気に掛けるのも無理はない。5℃を下回っているのにもかかわらずコートも、ブレザーすらも身に着けていない。白のセーター姿であるのだから。 「風邪引くぞ」  そう言う景介は黒のベンチコート、黒のマフラーとしっかりと着込んでいる。それが普通。自分が特殊なのだ。亜寒帯気候に属する高山地域の生まれであること。細身だが筋肉質であること。極寒地域での撮影を数多く経験してきていること……などなど。ここまで条件が揃い、鍛えられた人間はそうはいない。 「これでも巻いとけ」  見兼ねた景介がマフラーを外しながら向かってくる。 「だっ、大丈夫だって!」 「いいから」  聞く耳を持たない。どうしたものか。景介から視線を外して考えを巡らせている――と驚くべき光景が目に飛び込んできた――。

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