1 / 13

第1話

 雪の降り始めは突然で、誰もその合図は知らせてくれない。手を伸ばしてその結晶に触れてみれば、彼の手の中では、自身は溶けるということをまだ知らない。  冬の朝。アスファルトの上を今日も変わらず歩くのは、首にストールを巻いてスーツというよりはセーターにジャケットを羽織った綺麗めでカジュアルな服装でコートに身を包み寒そうにその身体を震わせながら出勤する一人の若者。  (ぜん)吉野染(よしのぜん)は、晴れているのにどこか薄暗い気温の下がった街を歩く。革靴はコツコツと音を立てて、そこにアスファルトの道があると教えてくれる。音を聞いて、正しい道を歩いていると自覚する。 「さっみぃな……」  冷え性な染は、家を出た途端から指先が悴んで思うように動かせなかった。  息をすれば、白い煙が体内から吐き出される……大抵の人は。生まれてこの方、染はその経験をしたことが無い。それほど彼の体温は年中、低い。  冷える足の指先から神経が無くなる感覚になっても目的地に向かって歩き続けて、ふと見渡せば街並みがクリスマスに向けてきらびやかに飾り付けされているのに気づく。 (昨日は無かったのにな。ぁ、あそこも……)  あちらこちらに輝くイルミネーションは朝にも関わらず、その光を美しく放っていた。美しい光を見ても温かみは全く感じない。染自身の身体も心も冷えたままだ。 (とにかく、早く室内に入ろう)  このままではいけないと寒さから襲われる命への危機感を胸に進む歩幅が少し大きくなった。  都内でも人通りの多い駅周辺。どの時間を切り取っても色々な立場の人が多く行き交うその道の脇に、一つ明らかに何かが包まれている白い毛布に染の目が向いた。このまま歩いて周りの人同様、染も通り過ぎようとはした。けれど、そうすることは許されなかった。  包み込みきれていない毛布から、ほんの少しはみ出ているのは、間違いなく人間の指先だったからだ。

ともだちにシェアしよう!