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第13話
その日、朝から記録的な大雪が降っていた。
きっと何時もより寒い夜だったんだろう。アラームで目が覚めると、窓に何か打ちつける音が聞こえて直ぐにカーテンを開けた。そこには、都内では見たことの無い激しい雪吹雪で、真っ白な銀景色が広がっている。急いでテレビをつけてニュースを見ると、出勤するための交通手段が全て無く、会社からは欠勤するようメールで知らせが入っていた。
「染ー?どうしたの?」
何時もと様子の違う染を気にして、白司が目覚めてきた。
「起こしちまったか。ほら外、すごい雪だろ」
親指で指した窓に白司は歩み寄り、その銀世界を目の当たりにする。
「わぁ、雪が横殴りに降ってる……染、こんな中、出勤?」
「いや、今日はもう休みだと」
「やった。一日染と過ごせるんだね」
「あぁ。今日は引きこもりだな」
寝起きのままキッチンへ移動して、染は電気ケトルのスイッチを付けお湯を沸かす。マグカップは二つ。一つにはココアパウダーを入れ、もう片方にはインスタントコーヒーの粉を入れる。
「雪だるま、作りたいなぁ」
リビングに移動しに来た白司は、窓を見つめて妄想する。
「絶対寒いから、俺はパス」
「えー!ちょっとぐらいならいいじゃんー!」
「無理無理。凍死するっつーの」
「……っちぇ」
ムスッと拗ねた白司の顔に微笑み、沸いたお湯を注ごうとすれば「あ、染」とその動きをピタと止められる。
「何?ココアでいいんだろ?」
「ん。ココアでいいんだけど、今日はホットで飲みたいから氷はいいや」
何時も熱いものを食べたがらない、飲みたがらない白司からそんな言葉が出るなんて珍しく、「分かった」と言いながらも体調でも悪いのか?と染は心配した。
ゆっくり注がれたお湯は、ココアの甘い香りとコーヒーの香ばしさを引き立てる。
すぅっと、息を吸って両手にマグカップを持ちリビングへ向かう。白司にその熱いココアを「気をつけろよ」と一言添えて渡した。
「………」
両手で受け取ったマグカップを包んだまま、白司は動かない。湯気はゆらゆらと浮かんでは消えていく様子を見ているだけだ。
「白司?やっぱりどっか具合悪いのか?」
「んー。悪いのかな。僕の身体、どうしたんだろね」
「そんなの白司のことなのに俺が知るわけねぇだろ」
染はコーヒーを一口啜る。何時もなら淹れたてでも熱いなんて思わないのに、今日のコーヒーは舌が火傷するんじゃないかと思うくらい熱かった。
「……っあっちぃ!」
思わず飛び跳ねて、マグカップを落としそうになり焦る。
そんな染の様子を白司は見て驚く。
「ねぇ、染の手ちょーだい」
「なんだよ、突然」
口ではそう言いつつ、すんなりと染は手を差し出し白司がその手を握る。
「どう?」
「どうって……な、に……え?」
白司に感じたことの無い手の温度に、思わず繋がれた手を見つめる。
「なん…で?熱くない……白司……?」
「僕も、染の手が冷たいって感じないんだよ」
昨日まで、しっかりとその熱はあった。鮮明にその温度も思い出せるのに、熱の根源が今は熱さを持たない。
「ね。染」
「な、なに?」
「今さ、どんな気持ち?」
「どんなって……んー。びっくりしてるよ」
「それだけ?」
上目遣いで目を合わせた白司の瞳は潤んで見えた。掴む手も少し震えている気がする。
「染。温かいって、こういうことなんだね」
笑う白司の頬には、涙が一筋伝う。
『熱い』『冷たい』
そんなことばかり気にして生きてきた。求める温度に出会い触れたらその相手自身を求めた。情で始まった二人の出会いは気持ちいいからという理由で繋がり始まった関係なのに、生まれたのは愛情と相手を思い合う温もりだった。
冷たい貴方を熱くさせよう。
熱い貴方を冷やしてあげよう。
関わり合う心に互いの体温が触れた時、じんわりと心も身体も包み込んでしまうほど大きな『温もり』を知ることが出来た。
「白司……抱き締めてもいいか?」
「うん。包んで、その大きな温もりで」
外は大雪。
その日の気温はとても低く、何処に行くにも感じることが出来ない温もりを二人はこの日、初めて知り幸せを噛み締めた。
fin.
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