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皐月-4
「中和剤は青色の耳をしたウサギのおなかに入ってるからね。…もっとも、君たちは“中和剤”なんて勝手に呼んでるみたいけど、実際はいつもより効果を薄めた錠剤が5個入っているだけ。ビニールに“1”から“5”までの数字がかかれてあるから、クスリが欲しくなったら“1”とかかれたクスリから順番に飲むんだよ。中毒性は徐々に抜けていく…はずだけどね。僕は飲まないからはっきりとは言えない。」
…きれいな、声。
「覚えた?キミはお利口だから大丈夫だよね。」
「は…い…。」
ドキドキしながら答えると、皐月さんはクスクスっと笑った。
あのクスリの作用とは、まったく違う感じで、その笑い声は僕の体中をくすぐった。
「ピンク色のウサギもあげるよ。…さみしくなったらそっちを飲んで、また僕に会いにおいで。僕からはもうキミに連絡を取らないことにする。」
淡々とした、でも穏やかで心地いい、…優しい声…。
「じゃあね。いつものとおり、カードキーはそのままに。――…最後の指令。僕が出ていくまで、顔のうえのウサギを、落としちゃダメ。」
皐月さんはまたクスクスと笑った。
絨毯をさくさくと歩く音が聞こえ、その音が遠くなり、
廊下のクラシックが聞こえて、…すぐにやんだ。
―― 静寂。
…ゆっくり目を開けると、ウサギと目が合った。
赤い目。
右手をようやく動かして、ウサギを静かにどける。
ホテルの天井に淡い照明が映し出されている。
軽くあたりを見まわした。
もちろんそこに皐月さんはいない。
肘をついて体を起こすと、僕の腰には白いハンカチが置かれていて、それはお葬式のときなどに大人がよく使うシンプルなデザインのものだった。
その上に、青い耳をしたウサギがいる。皐月さんの言ったとおり。
僕の心臓はまだドキドキしていた。
青いウサギを手に取り、あらためて部屋を見渡すと、カメラのスイッチはどれもOFFになっているようだ。
青いウサギとピンクのウサギを、抱きしめるように鼻に押し付けてみた。
かすかに、薬品とアルコールと、…ミルクみたいな、甘い、いいにおいがした。
…突然、涙が溢れてきた。
どうした。希望どおりになったじゃないか。
中和剤はもらった。
皐月さんともこれで最後。
それなのに…なぜ泣いているんだ、僕は。
皐月さんとは、もう会えない。
僕はおかしくなってしまったのか。
あれほど嫌っていたはずなのに。
…会ってはいけない。会えばまた、この愚かな螺旋から抜け出せなくなる。
…そう。
(もう、会えない。)
僕が決めたことだ。あんな、野蛮で異常な趣味を持つ大人なんか、
「…大嫌いだ…」
つぶやいてみて、でも、それが自分の意思とは明らかに別のものであることに気づき、僕はまた、動揺する。
涙が止まらない。
ウサギたちは不思議そうな目でこっちを見ている。
僕の涙をぬぐってくれ。
この気持ちを、消してくれ…
=== END ===
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