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皐月-3
「…ア…っ」
指先に、自分の声が伝わる。
…もう、いやな感じはしない。
「…ん」
左手は利き手じゃないけど、今の僕にとっては、この不器用さくらいが、ちょうど、いい。
「…ん、ん…ッ…、あ、あ、あ」
左手の中のそれが、震えながらひくひくと痙攣しているのを感じる。
人差し指を舌から離して、自分の喉や、鎖骨や、胸の突起を、濡れた指先で触ってみる。
全身が、そこに呼応して、感じまくっていた。
荒い息。
せつなそうな自分の声。
潤んだ視界の先にあるカメラのレンズ。
その中の自分と、目が合う。
…こんな、淫らな僕には、初めて会う…
…皐月さん…
あ…
イ…く…――!
――下腹部に温かい液体が落ちてくる。
左手のなかのそれは、びくん、びくんと痙攣しながらも、だんだんと力がほどけて、柔らかくなっていく。
胸の突起に置かれた指先から、自分の鼓動が感じ取れた。
強く速く動きつづけるそれは、僕の吐息とともに、僕が、確かにここに存在しているということを、強く主張しているかのようだった。
――気持ちいい…
すごく、いい気分だ。
すべてをさらけ出して、僕にはもう怖いものなんて無いみたいに、からみついたすべてのイライラから一気に解放されたような、そんな気分になれている…
『…すごくきれいだったよ、ショウブくん。』
「っ!」
突然世界が反転して、僕は地面に引き戻された。
…一瞬、忘れていた。皐月さんのこと…
『今までで一番良かった。…惜しいなぁ…今日でお別れなんて。…君は、本当に僕の一番のお気に入りだったんだよ。』
(皐月さんの目の前で…なにやってたんだ僕は!)
恥ずかしさで体が一気に震えはじめる。
『そのまま、もう少しガマンしてね。今日はサイゴだから、ナマミのキミが見てみたい。』
――え…
『おクスリを持って、今、そっちに行くよ。目は閉じててね。』
(……!?)
なんで!
いつもは帰りにフロントで渡されるのに!
『そのまま。動かないで。』
僕は激しく動揺した。
(…そのまま、って、この、…まま?)
『――バタン』
テレビの向こうで重いドアが閉まる音がした。
……本当に、来る気なの…
動くなと言われたけど、左手を少しずらしてそこを覆うように隠してみた。
…カメラの向こうから完全に見られていたのだから、今さらなのはわかっているけど…
触られたりしたら、いやだな…
……いや、…もっとヒドいことをされるのかも…
――カツン
ドアのロックが外れる音がした。
(――…!)
全身がこわばる。
スゥッと、空気が廊下に向かって流れたのがわかった。
廊下に流れていたクラシックが一瞬聞こえたが、
――ガチャン…
すぐに止んだ。
…部屋の中に、入って来たんだ…
目を、硬くキツく閉じたら、小さく耳鳴りがした。
さく、さく、と、何かが絨毯の上をゆっくりと歩いてくる。
心臓の動きが尋常じゃない。
息が震える。
「手、どけて。」
いきなり男の人の声がして、思わず息を飲み込んだ。
…そして一瞬、見てしまった――
(――皐月さん…?)
……この人が…
あわててまた目を閉じたが、脳裏に焼き付いてしまった。
(思っていたのと、全然ちがう…)
僕の目に映った人は、背筋がすらりと伸びて、黒いタートルの下にベージュのカーゴパンツを履き、黒い革の手袋をしていた。想像より、全然若い。
僕を見下ろす横顔には、ほのかな笑みが浮かび、長いまつげの下にある瞳は、すごく澄んで見えた。
とても、きれいな人だった。
こんな人に、僕は、見られていたんだ。
(…そして、今も…)
「ショウブくん。」
「は、はい…」
僕に対して、とても淫らで恥ずかしい命令をしているのに、皐月さんの口調は相変わらず淡々としていた。
その声も、とても澄んでいる…
まず、おそるおそる、胸の上に置いていた右手を、マットの上に下ろして、それから、僕の中心に置いていた左手も、ゆっくり外して、マットに置いた…
…静かだ
…どうしたんだ、僕…
恥ずかしさで気が狂いそうなのに、さっきの、きれいな皐月さんの横顔が、頭から離れない。
…あの顔に、見られているんだ、僕は…
変な感情がごちゃまぜになって、僕をせめている。
恥ずかしさと、恐怖と、
…かすかな…喜び…
「きれいだね。」
皐月さんが言う。
「悪いけど、ちょっと触るよ。」
(……!)
湿った布巾のようなものが下腹部に触れた。
僕の、恥ずかしい液をぬぐっている。
(!) 「は」
中心をぬぐわれて、僕が思わず小さく声を漏らすと、皐月さんは、クスリと笑った。
「感じたの?ごめんね。クスリのせいだから気にしないで。」
僕の体から皐月さんの気配が消えると、そこが少し冷たくなった。消毒されたあとみたいだ。アルコールを含んだウェットティッシュかなにかで拭かれたらしい。
妙な音がするので、たまらなくなってついまたそうっと目を開けると、同じ場所に皐月さんの横顔が見えて、皐月さんは、手からゴム手袋を外しているところだった。
皐月さんはそれをいったんベッドのうえに落とすと、ズボンの後ろポケットから黒い革の手袋を出して手にはめた。
ゴム手袋を拾い上げ、横にあったビニール袋に入れている。ビニール袋の中には、さっき僕を拭くときに使ったと思われる白いウェットティッシュが丸められて入ってあった。
皐月さんは少しかがんで、なにかをベッドの上にのせる。
2個のウサギのぬいぐるみ。
テレビに映し出されていて、行為のあとに皐月さんがいつもくれる、耳がピンク色をしたウサギと、それとは別に、見たことのない、耳が青色のウサギがあった。
皐月さんは、いつの間にかウサギの向こうに白い布を置いていて、それを広げると僕の体の上に落とす。
それらの動作は、ひとつひとつがゆるやかで丁寧で、変だけど、僕には神々しさまで感じられた。
僕は皐月さんから目が離せなくなっていた。
ふと、皐月さんがこっちを見た。
…きれいな瞳。吸い込まれそうなほど。
皐月さんは軽く微笑んで、次の瞬間僕の顔の上に何かを置いた。
「っ」
ピンク色のウサギだった。
「見ちゃダメ。」
僕は反射的に目をつぶる。と、僕の体の上にも何かを置く気配。
「…残念だよ。」
皐月さんはまた言った。
----------→つづく
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