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第1話

「へっくしゅん!」  吹き抜けた風の冷たさに、思わず体を震わせくしゃみをする。  駅に着いた時点でだいぶ大振りになっていた雪が、薄っすら積もり始めているのを見てより寒さが募る。このままだったらそれなりに積もりそうだ。明日が休みで良かった。  そんなことを考えながらアパートの裏に差し掛かった時、道の端に白い塊を見つけてどきりとした。けれど少し近寄っただけでそれが石に雪が降り積もっただけのものだと気づいて息を吐きだす。 「そういやあいつ、どっか避難したかな……」  その小さな白い塊で思い出したのは一昨日のこと。  朝、家を出た時にどうにもカラスが騒いでうるさいと思ったら、アパートの裏、この場所で白猫が二匹のカラスにいじめられていた。  本来なら野生の争いというか動物同士の関係に関わらない方がいいのかもしれないけれど、さすがに見ていられずにその場に踏み込んでカラスを追い払ったんだ。  襲われていたのは赤ちゃんほどではないけれどまだ若い白猫で、綺麗な毛並みの美人な猫だった。カラスに転がされていたせいで少しぼさついてはいたけれど、すらりとした体を折り畳むようにして座る姿はとてもよくできた雪像のようで。  怪我はないかと手を伸ばしてみたけれど、さすがにそれは恐がられて逃げられてしまった。  うちはアパートにしては珍しくペット可の物件だから、もし怪我でもしていたら連れて帰ろうかと思っていたけれど余計なお世話だったらしい。いや、ただ単に俺が鈍かっただけかもしれない。  喋りかけつつ手を伸ばしてみたけど呆気なく逃げられて、あっという間に姿が消えてしまった。その猫が今どうしているか、少し気になるところだ。  雪が降るくらいの寒空の下で凍えていてほしくないから、いっそのこと誰かが拾っていてくれているといいんだけど。  ここまで雪が積もるんだったら、あの時少し強引にでも家に連れてくべきだったかなと今さらの後悔をしながらアパートの階段を上り、そこで初めてその人影に気が付いた。  俺の家の前。そこに誰かが座り込んでいる。  ……俺の家、だよな?  酔っ払いだろうか。いや、通りすがりの酔っ払いだったらわざわざこんな二階まで上がってこないだろう。しかも俺の家の前にわざわざ座り込んだりしないはずだ。  それに全体的に真っ白なあの姿はまるで雪だるま、いや、すんなりとしたあの感じはまるであの時の猫のよう。 「あ」  そんな風に遠目から窺っていた俺に気づいたのだろう。  その人影が俺の方を見て、声を発した。 「やっと帰ってきたにゃあ」 「……にゃあ?」  少し高めの声で告げられた言葉に、俺は首を傾げる。  やっと帰ってきたという言い方はどうやら俺が待たれていたということらしいけど、それよりも語尾が気になってバカみたいに繰り返してしまった。  にゃあ、とな。  確かにシルバーよりもホワイトアッシュと言っていいような髪色と同じ、雪のような白さの三角耳が頭の上に乗っている。たぶん、いわゆる猫耳というやつだ。  服はやっぱり白づくめで、シンプルなシャツとパンツはこの気候には耐えられそうにない簡素さで、ダウンもコートも見当たらないのが信じられない身軽さ。  すっと立ち上がった姿は決して小さくないのに、なぜか一番に抱いた印象は真っ白な猫。……なんせ猫耳で、にゃあって言ったし。 「えっと、俺、ですか……?」  明らかに俺を見て俺に向けた言葉を言っているけれど、心当たりがなくて戸惑う。  とりあえずじりじりと近づきながら窺えば、その男はアーモンドアイをきらりと輝かせ、唇の端をきゅっと上げて笑った。 「一昨日助けていただいた猫です」 「……はあ?」  そしてしなやかなお辞儀。  言葉ははっきり耳に届いたけれど、脳にはうまく届いてくれなかったようで間抜けに問い返す。  確かに猫は助けた。助けたけど、あくまで猫だった。でも俺の目の前に立っているのは猫耳で真っ白だけど明らかな人間だ。

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