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第2話
「助けてもらったお礼が言いたくて、神様に人間にしてもらいました」
男ながら美人と言えるだろう綺麗な顔に笑みを浮かべ、そいつはなんともメルヘンなセリフを吐いた。
猫が恩返しをするために人間になる。
恩返し系の昔話ではあるあると言えそうな展開だけど、実際遭遇するとこんな気持ちなのかと変な経験値を積んでしまった。
本来なら関わらずにさっさと家に帰りたいところだけど、その家のドアは猫男の立っているその場所にある。
その上、雪のせいでとにかく寒い。コートを着た俺でさえ寒いんだ。その薄着ではさぞかし寒いだろうと想像だけで鳥肌が立って、仕方なく話を聞くために家に上げることにした。
幸い細身の若い男だし、危ないものを持っているようには見えない。いや、言動は危ういけれど、なんとなく危険な匂いはしないというか、まあ勘だ。
なによりあの猫のことが気になっていたのは確かだし、そこのところを詳しく聞きたい気持ちもある。
とりあえず自分の寒さ優先で家に入り、すぐにエアコンをつける。それからカバンを置いてコートを脱いで、とやっている間、そいつは部屋の中を興味深げに見回してから一番暖かい場所に座り込んで大きく伸びをした。どうやらまだ猫の演技は続けるらしい。とりあえず外から見られないようにカーテンを閉めようとして、完全に閉めるのもそれはそれで危ないのだろうかと結局中途半端に半分だけ閉めた。
しかしこの場合、お茶かなにか出した方がいいんだろうか。でも別に招いた客でもないし。そもそも一体なにが目的なんだとその姿を窺って、まず一つ聞いてみることにした。いつまでも猫男と呼ぶのもどうかと思うし。
「そういやお前、名前は?」
「名前はまだない」
すると胸を張って即座にそう返され、こっちがぐぅと唸ってしまった。吾輩が猫ならばそりゃ名前はないだろうよ。
「つけて」
「なんで俺が」
「名前、ないと呼ぶの困るでしょ?」
なんだか楽し気にまばたきしながら俺の顔を覗き込む仕草は、自分の顔が綺麗なのをわかっている態度だ。
だったら漱石とでもつけてやろうかと思ったけど、そう呼ばなきゃいけない自分を思い浮かべてすぐに却下した。なによりその顔に似合わない。
「そうだな……じゃあユキで」
「!」
少し考えて巡らせた視界に入ってきたのは窓の外に舞っている白いもの。
「今日雪降ってるし、毛並みが雪みたいに真っ白で綺麗だったから」
あの時の猫の姿を思い浮かべて、それから目の前にいる人物に重ねてみればそれが妙にはまる気がした。
「嬉しいにゃあ」
そのままの名前にびっくりしたのか一瞬目を丸めて、それからにこりと笑われ困って頬を掻く。
いい年した男が猫耳つけてにゃあにゃあ言っているのはどうかと思うけれど、なまじ顔が綺麗な分、段々と違和感が薄れていくのが怖い。
「お前の名前は?」
「……陽司 だよ」
お礼を言いに来たはずの相手に向かってお前ってなんだよ、と思ったものの、そもそも猫の話自体が荒唐無稽なんだから今さらかと素直に名乗る。
するとそいつ……ユキはやっぱり嬉しそうに笑って何度も「ヨージ、ヨージ」と呼んだ。
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