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第10話
「あー……そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
ものすごく今さら過ぎるけれど、ユキというのは俺が猫につけた名前だ。つまり今俺たちの間に割り入るようにして座っている雪玉みたいな白猫の名前。
縁がある名前ではあっても、さすがに呼び続けちゃ悪いよなと聞く俺に、彼はなぜかにっこり笑った。
「名前、『ゆき』です」
「いや、そうじゃなくて本当の」
「本当に。友が喜ぶと書いて友喜 って言います。だから呼ばれた時にびっくりして」
「偶然本名呼んでたのか……」
縁があるどころじゃなかった。偶然名前を当てていたなんて、そりゃあ今知った俺だってびっくりしているんだ。呼ばれた本人は大層驚いたろう。俺にそう名付けられた時の驚き顔を思い出して、そういうことだったのかと今さら納得する。
そうか。もうとっくに名前で呼び合っていたのか。
「じゃあ、まあ友喜」
「はい、陽司さん」
コホンと咳ばらいをして改めて名前を呼ぶと、嬉しそうな返事。ナチュラルなさん付けで、やっぱりあの時のぐいぐいくる感じは猫の演技だったんだろう。まあ、だからこそあそこまで振り切れたっていうのもあるのか。あれはあれで友喜の一面かと思うと、これから知れる友喜の人となりがより楽しみになった。
「とりあえず雪がひどくなる前に昼飯行くか」
「喜んで」
そんな即答の後、友喜は少し考えるように小首を傾げてから手を床について目の前の白猫と同じように座った。
「帰ってきたら、陽司さんの部屋行っていいにゃん?」
余裕が出てきたのか逆に恥ずかしいからか、少し甘えるような声でそんな聞き方をされて、一瞬だけぎょっとする。今、ないはずの猫耳が頭に見えた。
そのうろたえを誤魔化すように頬を掻き、窓の外を見やる。ちらほら降り出している雪は、この後どうなるのかわからない。わかるのは、自分の考えだけ。
「……雪が積もったら自分の部屋には帰れなくなるかもしれないけど?」
「むしろ望むところだにゃん」
またもや可愛らしく即答されて、負けましたと立ち上がる。そもそもあの日猫のふりをする怪しいはずのこいつを家に入れた時から、俺は負けていたのかもしれない。
「あ、でもそいつは? いなくて大丈夫なのか?」
指し示したのは、自分は関係ないとばかりにまた丸まって眠る態勢に入った白猫の方のユキ。部屋に一匹置いて行っていいものかと聞く俺に、友喜はこくんと頷いてみせた。
「まだ野良の癖が抜けてないからか、人がいない方がご飯食べやすいみたいで」
「だからあの夜一晩いなくても平気だったのか」
「帰ったらご飯ちゃんと食べてよく寝ててくれました。あったかくしていけば大丈夫だと」
むしろ邪魔者は俺たちなのかと納得して、さっさと昼飯を食いに行くことにした。外はだいぶ寒そうだし、なにか温まるものがいいだろう。そこでちゃんと話して分かり合って、ちゃんと関係を始めようじゃないか。
相性がいいのはわかっているんだから、俺たちに足りないのは会話だ。
「んじゃ、行ってくるな……ユキ」
「「にゃあん」」
呼びかけたそれにユニゾンの答えが返されて、人間の方を笑って小突きながら外へと連れ立って踏み出した。
この分だと、夜はまた真っ白な雪が積もりそうだ。
「ああ、そうだ」
「はい?」
今度はちゃんとダウンを着て、部屋の鍵を閉めていた友喜の後ろ姿を見てふと言わなきゃいけないことを思い出す。
「あのさ」
別にフェチでは全然ないんだけど、一応、後で猫耳だけ持ってきてもらえます?
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