9 / 10
第9話
「不快な思いをさせてしまって本当にすみませんでした」
「……不快な思いは、してないな」
思い返しても、不快な思いはしていない。それどころか。
「むしろ、最終的にいい思いしかしてないしな」
いい思いというか気持ちのいい思いというか。
正直にその気持ちを告げる俺に、ユキは戸惑ったように視線を揺らした。あの時の堂々とした猫姿が嘘のような人間らしいおろおろっぷりだ。
「え、でも結構無理に迫ったし……」
「いや逆だったらわからないけど、その気がなきゃあんなにしてないだろ」
「そ、れは……雰囲気に流されたとか、陽司さんが猫耳フェチだとか、なんとでも」
「猫耳フェチではないぞ。それははっきりさせとくけど」
回数もしたことも熱の入り方も、すべて気持ちが乗っていなきゃしていない行為しかしていない。もちろん最初は急な展開に戸惑ったけど、最終的にはいくらでも湧き出てくる自分の欲に自分で驚いたくらいだ。しばらくは体に感覚が残るくらいにしっかり抱いた。本人には言わないけどオカズにもした。それぐらい、俺にはいい思い出しかない。
「まあ、誰かさんのせいで危うく性癖にはなりかけたけどな」
困ったことと言えばそれぐらい。
男とはいえ、美人が猫耳つけたままただただエロく乱れられたら影響は出るだろう。コスプレものとはいかなくても、猫耳ものが気になってしまうくらいには。
そうやって素直な気持ちを吐露する俺に、ユキはほんの少し頬を染め、より一層困ったように眉尻を下げた。
「俺、どうしたらいいですか?」
「……とりあえず、まずは飯食いに行こう」
「え?」
俺としては段階を考えての答えだったけど、ユキには伝わらなかったらしい。訝しげに眉をひそめられ、もう少し説明を付け加える。
「昼飯でも夕飯でもいいから飯食って、ちゃんとお互いを知り合ってから、今度は猫じゃない状態で抱かせてくれ」
つまりはもう一度最初に戻って、一から始めましょうってことなんだけど、これでも伝わりづらいだろうか。
ユキは何度か俺を見つめたまままばたきを繰り返し、それから白く染めた髪をくしゃくしゃと掻いた。
「それって……」
「それともあの一夜で俺には飽きたか」
「いえ、飽きるどころか、一度触れ合っちゃったことでもっと思いが募って困ってたんですけど……でも、それじゃあ俺に都合が良くないですか」
どうやら俺の提案がだいぶ予想外だったらしく、うまく飲み込めないでいるようだ。まああれだけ回りくどいことをした相手だからこそ、ストレートな展開には戸惑うのか。
でも、俺としてはそこまでおかしなことは言っていないつもり。
「そもそもあんなとてつもなく印象的なことしておいて忘れろって方が無理だぞ。当然気になるし、なんならこの一週間ずっとユキのことを考えてた。雪が降ったら会えるんじゃないかなんて、柄にもなくメルヘンなことも思うぐらいには。しかも全部の理由に『好き』なんて気持ちを持ってこられたら、そんなもんお手上げだろう。好きになるなって方が無理だ」
「……俺も、助けられた時からずっと陽司さんのこと考えてました」
そんな、ちょっと恥ずかしい本音を打ち明ければ、ユキは頬を染めてはにかむように微笑んだ。
きっとこの感じが普段のユキなんだろう。だからあの時は、頑張って猫ぶるのに猫耳付けてにゃんにゃん言ってたわけで。
そう思ったら目の前で照れているユキがものすごく可愛くてしょうがなくなった。その気持ちに正直にちょいちょいと手招きして顔を近づければ、ユキが慌てて目をつぶったからそのまま唇をくっつける。
あの夜は流されるままに色々しながらも、結局しなかったキス。
でも正しい順番ならこっちが先だよな、と少し角度を変えたら、小さく声を漏らしたユキがやたら可愛くて抱きしめながらキスを深めた。あれだけこの先のことはしたくせに、今さらキスで照れるなんて変な感じがする。けれど、だからこそどうにも気恥ずかしくて、でもやめたくなくて、幾度も角度を変えて味わう。
その時間が、自分たちで思ってより長かったんだろう。いつの間にか起きていた白猫が「にゃー」と鳴いて、我に返った俺たちはとりあえず距離を取るように離れた。
ともだちにシェアしよう!