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第8話
「いや、その後ちょうど近くで怪我してる白猫を見つけて、陽司さんが助けた猫だって気づいたからとりあえず動物病院に連れてって」
「あ、保護してくれたんだ。そいつは今どこ……おわあ?!」
「そこに」
疑問の部分はあるけれどとりあえず話を進められたから、もう一つの気になる件を問おうとした瞬間、答えが降ってきた。
ととんっと軽い足音とともに俺の横に降り立ったのは、あの白猫。真っ白で、雪の塊みたいな美人猫が俺の顔を見て「なーぉ」と鳴いている。気づかなかったけれど、ずっと後ろの棚の上にいたらしい。見たところ元気そうだけど、怪我をしていたのなら保護してもらって良かった。
そんな白猫は、ユキの横に歩いていき少しだけ距離を取って丸まった。まだ野良っけは強そうだけど、俺よりかは懐いているようだ。それにしても、並べて見ると本物の猫の方はツンが強い。
「で、助けてもらったこの子もきっと陽司さんにお礼を言いたいだろうし、じゃあこれをきっかけに猫のふりして陽司さんにお礼を言おうって」
「それで猫のふりなのか」
「これしかない! って思いまして」
「これしかなくはないだろう」
……もしかしてこいつって、かなり天然ボケタイプなんだろうか。
拳を握って強く言い切るユキだけど、当然その選択肢はかなり特殊だ。
ただ、そんなトリッキーな手段に出るくらいには思い詰めていたらしい。まあたぶん、ただ単になにかしらで背中を押してほしかっただけなんだろう。
なんでもそうだ。簡単なことほど後に後にと引き延ばしていくとなかなか実行に移しづらくなるのは。
で、そのために真っ黒だった髪を白猫と同じ色に染めて、猫耳を付けて俺の家の前で待っていたらしい。
それまで焦れていたことの反動なのか、なかなかにして行動力がすごい。
でも、それであの薄着の謎は解けた。隣の家だったからあの格好でもそこにいられたんだ。ある程度してダメだったら戻ればいいんだから。
「それにしたってまた、猫のふりとはトリッキーな」
「猫のふりしたら、ちょっと無茶しても夢だと思ってくれるかなって」
「まあ……確かに」
正直疲れていたせいで見た夢という可能性は考えた。それほどに、あまりにも現実感のない話だったから。
「本当はお礼して終わりにしようと思ったんですけど、家の中に入れて話を聞いてくれる陽司さんに、ちょっと欲が出てしまって。どうせなら俺にとっても一夜限りの夢にしてしまおうって」
そう言いながら、ユキは気まずげに俺から視線を逸らした。
お礼を言うために猫の姿を使った。それはまあいいとして、その後のあれは、ユキ自身の願望だった、と。
「今考えると本当に自分でも信じられないんですけど、どうしても好きな人との思い出が欲しくなってしまって……すいません」
言って頭を下げるユキの言葉にどう反応していいか困る。
それはつまり、あんな無茶をしてでも一夜をともにしたかった『好きな人』というのが俺、だということでいいんだよな?
そりゃ困っているところを助けられたら少しは特別に見えるのかもしれないけれど。……大丈夫か。ちょっとちょろすぎないかと他人事ながら心配になる。
ただ、それがちょっとした勘違いじゃない証拠はあの夜まざまざと見せつけられている。あそこまでされるほど好かれるなんて、俺の人生にはちょっとない経験だ。
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