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朱と緋そして梔子と紫

◆◆◆ 狩りをした後は酷く渇くし、飢える。 「若、どうされました?」 俺の目の前には金髪に金眼の美しい女、茨木(イバラキ)が居る。 「…囲っている奴らのところに行く。」 隠すことでもないので告げる。 「お相手でしたら私が…」 こいつも物好きだ。 俺のようなものに惚れているらしい。 だが、俺はこいつを選べないし選ばない。 「腹も減っているから、あいつらが良い。それとも喰われたいのか?」 些か意地悪だが、こんな問いを投げかける。 「…では、我らは先に失礼致します。先に陛下方に報告に参ります。」 先程の俺の言葉にこいつも引く。 平時なら相手にしても良いが、今は良くない。 「了承した。」 その返事を以て、やつらは足早に帰還する。 俺は約束があるのでこの場でしばらく待つことにする。 俺にとってこの世界は縛りだらけで、苦しく、空虚だ。 どうしょうもない飢えや渇き、欲求に悩まされ、話す言葉も慎重に選ばなければならない。 自分のような存在を他に見たことも会ったこともない。 こんな自分にも惚れた相手や伴侶が見つかるのだろうか? 『いつかあなたの、あなただけのお姫様が現れ、あなたの側にずっと、仲良く居ます。 だからお姫様には惜しみなくお前を与え、愛を注いで優しくしなさい。』 そう母は言った。 だが、生まれ落ちてから幾年経ても、百年経った今でも、それは見つからない。 腹も限界で抑えきれない衝動もある、約束しているのに待たせるとは…女は本当に面倒だ。 「こえているよ、朱。待たせて悪いね、私も体調が優れないものだから。」 「お前が指定した。遅れるのは良くない。」 「ははは、済まない。」 この笑っている掴みどころのない女は、先程の茨木と同じように俺の幼馴染だ。 俺と同じ様な紅い髪に金の瞳、スラリとした体躯で女とも男ともつかない物腰の、変わったやつだ。 こいつは下の弟と併せ二人で、『【青】の双璧』とまで言われる美貌で知られる。 確かに美しいと思うが、俺は容姿(容れもの)ではなく、(中身)を好ましく思う質なので、そこまで気にはならない。 「では、早速だけれど【名】をくれないか?それで実家のアホ共の呪いを解いて、私は鬼を捨てる。」 さも、当然のようにを要求し、あっさりと生まれ持った種の性質さえ、捨て去ると言い放つ。 その有り様に驚くが、こいつはきっと止まらない。 「簡単に捨てれるものなのか?」 少し、興味が湧いたので問うてみる。 「恋とは愛とはそういう力がある。そもそも鬼族とは愛に生き、愛に狂った種だ。お前もわかるようになるよ。」 嫣然と微笑む女。 こういった事を言うときのこいつに話は通じない。 訳のわからん事で煙に巻く。 耳長(エルフ)のものや、その縁にあるものは面倒くさい。 「こえているから。」 少し不機嫌になり、こちらを睨む。 本当に面倒だ。 こいつは話せば話すほど疲れるうえに、先程から飢えが酷くなってきた。 とっとと済ませて帰ることにする。 「とっとと済ます。面をかせ。」 「よろしく頼むよ。」 女の額に手を翳し、言祝ぐ。 ──朱の名のもとに【赤】の名を与える。── 中指の先を額に付け、【祝福】を与えてやる。 ──『(アケ)』── 「お前も【赤】の強い魂を持つ。『緋』だ。そう名乗れ。お前はすぐにこれも捨てそうだが。」 「ふふふ、ありがとう。ちゃんと使わせてもらうよ。お前にしては綺麗な【名】をくれた。少し怖怖としていたが、思ったよりもまともで良かった。」 俺に対して珍しい遠慮のない女、緋が失礼なことを言う。 厳密にいえば違ったが、思えば一族で気安いものもこいつくらいだった。 そう思うと少し寂しくもある。 ふと、こいつから変わった匂いがする。 どこか惹かれる…そんな匂いだ。 「お前でも香を使うのだな。」 「いや?私は今は身籠っているし、それはないよ。 でも、匂いなら…私の弟かもしれないね。出てくるときに酷く泣いて縋って来たから。」 なんだと?!だから急いでいたのか。 『無理やり実家のアホ共に、お前の妃にされそうだから、駆け落ちをするから手伝え』そう聞いたが、こいつも無茶をする。 お前が妃など伯母上が怖すぎるし俺もお断りだが、確かこいつの弟はこの間生まれたばかりで、まだ十になるかならないかぐらいの筈だ。 「随分歳の離れた弟がいたな。」 「母が最後の約束で遺した、大事な【青】の跡取りだよ。 でも、それも変わりそうだ。朱があの子の価値をわかれば、私は祝福しよう。 あの子を大切にしてくれるなら。」 そう言うな否や、こいつは俺の額に何かを刻み、それに口づけをした。 「な?!」 再び笑う女。 「【 (ウィルド)[運命]】を与えた。『運命』は自分で選択し掴むものだよ。それじゃあね。次に会うときは、お前に恩を返しにくる。伴侶も共に挨拶に来よう。 それから【青】には注意しろ!私の呪いもそうだが、今の実家(うち)は良くないものが多すぎる。」 そう言って手を振りながら去っていった。 額に手をあて確認する。 魔術的な加護を与えられたようだが… あいつに口づけされたには、【秘印(ルーン)】が刻まれている。 「よくわからんなあいつは。それにしても『運命』か。」 母や父の様に結ばれる【運命】の番を俺たち鬼族は求める。 αでも、Ωでもそれは変らない。 だが、俺はどちらかわからない。 だから選べないし選ばない。 ありえないほどに成熟が遅く、未だに性別すら分かっていない俺にとって、そんなものは現実味のないものだ。 「とりあえず、腹と欲を満たしに行くか。」 囲っている奴らのもとに急ぎ帰ることにする。 この調子だと、いつもより壊しそうだし、潰しそうだ。 「また、母上に叱られるかもしれん。」 ◆◆◆ 俺の隣で寝ている、運命の番(俺だけのお姫様)を見る。 さっきまで散々、怒り【青】に帰ると訴えていた。 気を失るまで抱いて落としたが、このあと機嫌を取らなければならんな。 百合(ユリ)は何が好きだろうか? こういった事すら初めてだ。 いつもは適当に欲求のまま抱いて、終わらせる。 奴らも…番のいないΩなどは俺を利用する。 絶対に噛まないからだ。 割り切った付き合いをして、適当に囲っていた奴らも解放するつもりだ。 犯罪者や奴隷に関してはそのまま置いておくしかないが。 百合(これ)はかなり潔癖な性質を持つ。 俺も妾などは好まんが、こいつはより煩いだろう。 それに緋の言うとおり、今は良くないものが多い。 この皇宮もだ。 お姫様がなんの心配もなく俺と仲良く暮らすには、そろそろ掃除の必要がある。 親父に訴えて、無理なら勝手にやるしかないな。 頬杖をついた反対の手で、可愛らしい寝息をたてている、お姫様の銀の髪を一房取る。 最上級の銀糸の様なこの髪も、真っ白な一切の陽に当たったことのないような肌も、きめ細やかで滑らかで、素晴らしく美しい。 『正しく、絶世の』 、『ため息が出るほどに美しい』などと呼ばれる美貌だが、それよりも俺を魅了するものがある。 近寄り難いまでの、気高く、貴いその()。 俺を恐れない態度も好ましい。 発情期を開けてすぐに畏まった態度や物言いをしたが、やめさせた。 こいつは生意気な方が可愛い。 他の奴らがそんな事をしたら俺は怒り、始末することもあるかもしれんが、お前は特別だ。 掴んだ髪に口づけを落とす。 まだまだお姫様は眠りの中だ。 俺の従者を紹介したかったが、次の機会にする。 「お呼びですか、若。」「「「「あまりに長いので困りました。」」」」 俺の従者たちが来た。 茨木に四童子たちだ。 こいつらに新たに仕えるべき主人を紹介してやる。 「こいつを俺の嫁にする。」 俺のお姫様なら当然だろう。 こいつについて詳しく紹介してやる。 「【青】の家の出の百合だ。確か、宗家の跡取りだったか?」 百合にはもう角もある。だから既にその身分は【皇】のものだ。 もう【青】ではない。 「「「「「は?!」」」」」 お前たち、随分仲が良いな。 四童子は四つ子でよくこんな事があるが、茨木、お前は違うだろう? 「イヤイヤイヤ、若!今は時期が悪いです!」 「うちの玄孫ですよね?!一人しかいない跡取りですよ!なんてことしてくれたんですか!」 「あー、角まで与えて…諦めろ星熊(ホシクマ)。」 「番にしちゃってるからもう無理だ。」 口々に喋る、四童子。 茨木はぷるぷると震えている。 「あなたは!なんて事を!!友人の弟を手籠めにしたんですか?!」 美しい柳眉を吊り上げ募る。 (失礼な。百合も喜んで受け入れた。 茨木、お前が怒ることは珍しいな。) 「あれも、良いと言った。」 (緋もこれの価値を見出したなら、祝福すると言った。 俺は運命をその手で掴んで手に入れた。 ずっとずっと大事にする。 毎日愛もたっぷり注いでいる。) 「は?!そんなはずはありません!彼女はこの子を溺愛していたはずです!」 尚も詰する従者が少し煩い。 「【少し黙れ】」 「あぐっ!!!!!」 煩いので【(しゅ)】を使い、言葉を奪った。 少し静かになった奴らに食事の手配と父母に報告を頼む。 口々に文句を言ってはいたが、(みな)祝福はしてくれた。 『お妃様にまたご挨拶に参りますが、若…本当にあの食事をお与えになるのですか?了承は…いえ、出過ぎた真似でした。 お妃様はまだまだ幼いですから、お菓子などもお持ち致します。』 茨木はそんな事を少し悲しそうな顔をして言い、出ていった。 これから暫くは蜜月を過ごす予定だ。 狩りもするが、あいつらに任せることも多いだろう。 お姫様がどれくらい食べるかはわからんが、こいつもなかなか強い。 十日ほど過ごした発情期でたっぷり俺も与えたが、かなり持っていく大食らいだ。 これからも色々とお前が強くなるために、もっと与える。 俺ももたっぷり喰らい、早く大きく、強くなれ。 そして、早く俺のところに来い。 俺のお姫様、お前の羽化を俺は待つ。

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