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第43話 夢の中 1
俺の前に、榛がいる。
両手を少しだけ広げて、優しく微笑んで。
俺はその胸に飛び付いて、榛の背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめる。
榛の腕と胸にふわっと包まれて、あったかくて心地よくて、ずっとこうしていたくて。
見上げると、整ったキレイな榛の優しい笑顔。
きゅっと胸が苦しくなって、その笑顔から目が離せなくて・・・。
「好きだよ、あき」
耳に響く優しい声、近付いて来る榛の大きな瞳と長い睫毛、少し薄めの唇、その全てに魅せられて、『欲しい』気持ちがどんどん溢れてくる。
俺の気持ちを汲み取るかのように、榛は唇を重ねてきて、苦しくなっていた胸が、さらにぎゅーっと縮んで息ができない。
・・・榛が、好きだ。
言いたいのに言葉が出なくて、一言も話せなくて、自分の喉元を押さえる。
戸惑う俺を見て、クスッと笑う榛。
「あき、俺が好き?・・・それとも、男とするセックスが好き?」
何も答えられない。
「乱暴にされて、気持ちいいのが好きなんでしょ?俺じゃなくても・・・セックスできればいいんでしょ?」
ち、違・・・う。・・・はず。
榛の表情が曇る。
「あき、好き。あきの項が好きだよ。ねえ、わかってるんだろ?」
俯いた榛の頬に、涙が伝う。
なんで泣いてんだよ。わかんねぇよ。なんで項なんだよ。
何も言葉にできなくて、ズキズキと胸が痛み出した。
その痛みは全身に広がって、痛くて痛くて・・・
「あき、ごめん。無茶しすぎた」
「・・・・・・」
榛が、俺の目尻に親指を滑らせる。
俺はいつの間にか泣いていて、さっきの一部始終は夢だったんだと気付く。
ソファから体を起こすと、股間がジンジンと痛んだ。
「カレー、出来てるよ。食べれる?」
「うん」
「じゃあ用意するね。皿、適当に使っていい?」
「うん」
榛が手際よくカレーを盛り付け、サラダが入った大皿と一緒にダイニングのテーブルに並べる。
ソファから立ち上がろうとしたけど足に力が入らなくて、俺はローテーブルに突っ伏してしまった。
「あき大丈夫!?」
ちんこ痛てぇし、足もガクガクしてるし、最悪。
榛に支えられて、なんとかダイニングの椅子に座った。
カレーの匂いに急に食欲が湧いてくる。
榛が向かいの席に座って「食べよ」と言ったのを合図に、俺はスプーンで掬ったカレーを口へ運ぶ。
「うんま。かーちゃんのカレーより美味い」
「・・・よかった」
俺が一口食べたのを確認して、榛も食べ始める。
俺の反応を伺っている姿はまるで、愛らしい大型犬みたいだ。
「・・・あき、ごめんな。俺、あきの事好きだから、ついやり過ぎちゃって・・・こんな彼氏、嫌だよな・・・」
しゅん、と榛が肩を落とす。
「そんな事ない!ちょっとサドっぷりが行き過ぎてる気はするけど、こうやってメシも作ってくれるし美味いし、家事もやってくれる。榛はいい彼氏だよ」
落ち込んでいる榛に、なんだか父性をくすぐられて思わずフォローを入れてしまう。
「ありがとな、あき。マジで大好き。・・・あきは言ってくんねーの?」
「え!?・・・俺は・・・」
夢の中で、榛が好きだ、と言葉にできなかった事を思い出す。
榛が好き、と、ひとこと言えばいい。
だけど、現実でもその言葉は口から出てこなかった。
「焦ってるな、俺。ごめん」
「・・・イヤ、なんか、こっちこそごめん・・・」
なんだか、ジトっとした空気がふたりの間を漂う。
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