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第6話【入院生活 2】
リハビリは、かなり過酷なものだった。
一応言っておくが、リビングデッドには疲労がない。だからこれは身体的な意味での【過酷】ではなく、精神的な意味での【過酷】だ。
意識を失う直前――人間だった時は普通に歩けた筈なのに、勝手が全然違う。足が痺れた時よりもっとたちが悪い。何度も馬男木先生や近くに居た別の誰かに手を貸してもらった。
それでもリハビリを頑張らないと、社会復帰できない。まずは一週間以内に一人でリハビリルームに辿り着ける程度の歩行が目標だ。
食事は必要ないと言われたが、リハビリも兼ねて用意してもらった。スプーンとか箸を使って、指先の特訓だ。
「無痛症の気持ちが凄く分かる」
知り合いにそんな症状を持つ人はいないが、いたら絶対優しくする。ゾンビとリビングデッドの知り合いができたり、会社でそんな後輩が入ってきたりしたら物凄く甘やかす。今の俺はそんな気分だ。
「む、無理はしないでくださいね……っ」
弱音のつもりはないが、思わず独り言を言っても馬男木先生は嫌な顔をしない。そばに居る時は凄く励ましてくれるし、困っていたらすぐに手を差し伸べてくれる。まさに、医者の鑑だ。
主治医なこともあり、馬男木先生とは色々話した。
「馬男木先生って、夏はどうやって過ごしてるんですか」
リハビリを始めて数日目……リハビリルームへの移動中、車椅子を押してくれる馬男木先生に、そんなことを訊いてみる。
馬男木先生が歩く度に、細かい雪がハラハラと降ってくるが冷たくはないので気にしない。綺麗だから若干、車椅子が特等席な気もしている。なかなか俺はポジティブかもしれないな。
俺の質問に、馬男木先生がオロオロしながら答える。
「えっと、その……こ、この白衣……特注で。う、内側に……その、いっぱい……ポケットが、ありまして」
「フム」
「そ、そこに……その、えっと……ほ、保冷剤を、入れてます」
やはり夏はそのままだと溶けてしまうのか。ちなみにこの会話をした時の季節は秋だから、そんな心配はないのだろう。……いや、時々ゴトゴト聞こえる。院内は暖房が効いているから、今も保冷剤を常備しているのだろう。難儀だ。
「なるほど……スーツとかは濡れたりしないんですか」
「服は、全部……特注、です。内側が、えっと……濡れないように、ゴム製で」
他種族に優しい街ならではだ。そんな服をオーダーメイドできる店があるのか。
リハビリルームが見えて来た時、俺は馬男木先生の顔を見上げた。
「見た目、自分で変えられるんですよね。……その容姿って、馬男木先生の趣味ですか」
「えっ、あ……試行錯誤の、結果と言いますか……へ、変、でしょうか……」
馬男木先生が眉を八の字にしている。今のはちょっと失礼な質問だったかもしれない。
だから俺は嘘もお世辞もない、ありのまま思っていることを伝えた。
「いえ。綺麗だと思います」
「…………ッ! き、きれ……あ、や、えっと……っ」
チラチラと舞っていた雪が、形を変える。
「た、体温を、上昇させないでください……と、融けます……っ」
なるほど、溶けるのか。どうやら雪が形を変えて水滴に変わったのはそういうことらしい。
馬男木先生はオドオドしているけれどとても真面目だ。そして、照れ屋でもある。
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