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第20話【招待 2】
心配そうに俺を見上げる馬男木先生へ、俺は軽く手を振ってみる。
「先日同僚に誘われまして……その時、アルコールが平気なのか答えられなかっただけです」
「な、なるほど……」
納得してくれたのか、馬男木先生が机に体を向き直した。そのまま手を動かし、診察結果を記入する。
……が、何故か水滴が滴っているではないか。
「馬男木先生、暑かったら冷房効かせてもいいですよ」
「え……あ、ち、違いますよ……っ!」
慌てた様子で髪を握り、水滴を押さえ込む。今まで何度か粉雪ではなく水が滴っている様子を見てきたけれど、恥ずかしいことなのだろうか。
馬男木先生は後れ毛の辺りを押さえながら、視線を彷徨わせた。
「そ、その……た、試して……みます、か?」
「何をでしょう」
「ア、アルコールを……っ」
まさか医者にアルコールを勧められるとは思っていなかったぞ。
いや、違う。馬男木先生はそんなことを言う医者じゃない。
おそらく……リビングデッドになって機能が低下した肝臓で、どこまで飲めるのかを試してみるかという良心からだろう。
「そんな検査もできるのですか」
まさかそんな至れり尽くせりな診察があるのか……思わず訊ねると、今度は髪を掴む手が融けている。
「け、検査……じゃ、なくて……そのっ」
モゴモゴと口を動かし、何かを言いかけているようだ。急ぐものでもないし、黙って待とう。
数分間、黙って待っていると……ようやく決心がついたのか、馬男木先生が蚊の鳴くような声で呟いた。
「――飲み、の……お誘い、です……スミマセン……っ」
「馬男木先生とですか」
「ひっ! あ、あの、ご不快でしたらどうぞお断りしてくださいっ! あ、でもできれば直球ではなく、遠回しにさり気なく断っていただいた方が、その、メンタルへのダメージが少ないと申しますか、あのあのっ」
「不快だなんて、まさか」
ただ、馬男木先生にお酒を飲むイメージが無かっただけだ。有り体に言ってしまえば『驚いた』ということで。
そもそも、誘われるとも思っていなかった。だからなのか、妙に嬉しい。
「馬男木先生こそ、俺と飲み会……嫌じゃないですか」
「イヤなわけありません……っ!」
おぉ、嬉しいぞ。
何だかんだと一ヶ月ビッシリ関わっていたし、その後も週に一回は顔を合わせているわけだからな。他人と言えば他人だが、そこらの他人よりは付き合いが長くて深いだろう。
「じゃあ、付き合ってほしいです。馬男木先生の都合に合わせますので、いつか――」
「今日でも、ボクは構いません……っ!」
「いいですね。俺も、今日は空いてます」
そんなわけで、今日はリビングデッドになって初めてのアルコール摂取だ。
担当医に見張ってもらいながら酒を飲めるとは……他種族に優しい病院と先生だな。
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