診察を終えて、仕事も終わらせたその日の夜……俺は着替えを済ませた後、馬男木先生が退勤する時間に合わせて、病院へ向かった。 　どうしてわざわざ病院へ向かったのか……理由は簡単だ。 　――飲み会会場が、馬男木先生の家だから。 　とは言っても、馬男木先生が住んでいるのは病院の近くにある他種族専用の職員寮だ。 「あ……馬男木先生っ、こっちです！」 　外で馬男木先生を待つこと数分……スーツ姿の馬男木先生を見つけた俺は急いで手を振った。 　声と動作で俺を見つけた馬男木先生が、慌てた様子で駆け寄ってくる。走ると雪がはらはらと舞うから、容姿だけでなく走る姿すらも凄く綺麗だ。 「お、お待たせしましたっ」 「お疲れ様です。仕事、大丈夫ですか」 「はいっ。しっかり終わらせましたっ」 　何だか、馬男木先生がいつもより元気そう……と言うより、テンションが高く見える。 　もしかして意外と酒好きなのだろうか。 「すみません。コンビニで予め酒を買っておきたかったのですが……何が好きなのか分からなくて」 「そ、そんなっ、気を遣わないでください。……一緒に買った方が、あの、た、楽しいですし……」 　確信。わざわざ一緒に酒を買いたいってことは、相当の酒好きだな。 　病院から一番近いコンビニへ向かい、酒とつまみになりそうな物と夕食を購入。アルコール耐性チェックに付き合ってもらうから全額払いたかったが、どうしても払わせてくれなかったので泣く泣く折半。 　そしてそのまま寮へ向かい、馬男木先生が借りている部屋を訪れた。 　鞄の中から鍵を取り出しながら、馬男木先生が呟く。 「えっと……ボク、室温低く設定してて……何か違和感がありましたら、すぐに言ってください」 「分かりました」 　と言っても正直、寒空の下を歩いている今でさえ寒さを感じないんだ。そんな心配不要だと、馬男木先生なら分かりそうだが……根からお人好しなんだろう。 　鍵を開けて、馬男木先生が部屋に入る。中に入るよう促され、俺も入室。 「お邪魔します」 「ど、どうぞ。あ、散らかってるかもですが……っ」 　部屋に入り、まず感じたのは……。 　――馬男木先生の、匂いだった。 　リハビリ中……何度も体を支えてくれた馬男木先生の匂いは、しっかりと憶えている。いや、憶えようとして憶えたんじゃない。不可抗力だ。変態的理由ではない、断じて。 　しかし、馬男木先生の匂いが嫌いなのかと訊かれたら……そうではないのも事実。 「……あ、あの？　立ち止まって、どうか……しましたか？」 　匂いについて思考を巡らせていると、どうやら立ち止まっていたらしい。 　――しまった、これでは変態と大差ないじゃないか。 　馬男木先生の声に、慌てて我へと返り……不思議そうに俺を見ている馬男木先生の後を追った。