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第8話
雪斗から初めて雪弥を紹介された時、こんなにも瓜二つの人間がいるのだなと思った。
実際に双子を見たのは小学生以来で、あの時の一卵性双生児は目元の黒子で見分けがついたが、雪弥と雪斗は旋毛の場所や歯並びまで全く一緒だった。
雪斗は杖を持っている明るい弟の方。雪弥は杖を持っていない大人しい兄の方。周りは皮肉にもそんな風に認識していた。
「家に帰ったらあいつに『どうだった?』って明るく訊かれたんだ。それで俺、とっさに嘘を吐いて。英太は騙されたことに腹を立てていた、もうお前とは話したくない、2度と話しかけてくるなって言われたって言ったんだ」
ごめんなさい、と雪弥は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにさせながら俺に頭を下げた。
雪斗には、俺の本当の気持ちは伝わっていなかった。あの時、自分の身勝手な行動によって深く傷つけてしまったと思い込んでいた相手は、雪弥だった。
「最初は、英太を独り占めできて嬉しいって思ったんだ。けど徐々に嘘を吐いたことが申し訳なくなって、不安に押し潰されそうになったけど、なかなか本当の事を言えなくて」
「もういい、大丈夫だから」
「どんどんストレスが溜まっていって、頭痛も酷くなっていって、それであの日……」
「あいつは、薬を買いに出てくれたんだな?」
ハッとした雪弥は顔を上げる。
俺は欄干の隙間からドラックストアーの方に視線を送った。
「だから雪弥は、あんなに薬を溜め込んでいるんだろ? もしあの日、薬が家に置いてあったら雪斗は買いに出なかったのかもしれないって」
「痛みが少しでも治まったら、後で自分で買いに行こうと思ってたんだ。けど気付いたら雪斗はいなくて」
きっと具合の悪い雪弥の様子に、隣の部屋にいた雪斗は気付いたのだろう。
例え足が悪かろうが、自分と血が繋がった兄の苦しそうな表情を見て、いてもたってもいられずに家を出た。
「ごめんなさい。俺が雪斗を殺した…っ」
「違う。あれは事故だったんだ。雪弥は悪くない」
「雪斗じゃなくて俺だったらよかったんだ。足を事故で怪我したのも死んだのも全部、雪斗じゃなくて、俺が」
俺の手を振り払った雪弥は、立ち上がって即座に駆け出した。
頭ですぐに警報がなった俺は、必死で後を追う。
「やめろ! 雪弥!」
階下へ向かって雪弥の体が宙を舞った。
凍結したアスファルトの地面に足を取られながらも、俺は雪弥の腕に手を伸ばし引き寄せた。
視界が回って、肩や腕、身体中に鋭く鈍い痛みが走る。
目を開けると、逆さまになった街の風景が見えた。
よかった。死んでいない。
「英太、なんで」
俺の胸の中で雪弥が呟く。
雪弥もどこか痛いのか、苦しそうな表情をしているが生きている。
俺たちは階段の踊り場で頭を下にした状態で倒れていた。
起き上がれる気力はなくて、代わりに俺は雪弥の頬に手を添えた。
「白状すると、雪弥に『あいつの代わりになってあげるよ』て言われた時は、本当に代わりにしちまおうと思ってた。ごめん」
泥の混じった黒い雪と、涙や血で汚れた雪弥の顔を掌で拭った。粘性のある手触りだったが、汚いとは全く思わなかった。心も体も、雪弥は純白で綺麗だ。
「けどあいつが亡くなって、俺があいつを思い出して泣いた時、雪弥は何も言わずにそばにいてくれた。俺はそんな優しいお前をちゃんと好きになっていった」
階段下から、大丈夫ですかー? と間延びした男性の声が聞こえる。
こんな状況で喋っている場合じゃないんだろうけど、今この瞬間、雪弥に伝えなくちゃと思い、俺は擦り剥けた雪弥の唇に啄むようなキスをした。
「雪斗の代わりだなんて思ってない。雪弥は雪弥だよ」
雪弥は俺の胸の中で声を殺しながら、震える両手で顔を覆っていた。
雪斗がいた頃もいなくなってからも、ずっと辛かったのだろう。
別段暗い性格というわけではないのに、明るい弟と比較されてしまう双子の片割れ。醜い嫉妬にまみれ、雪斗を憎んでしまったこともあったはず。だが雪斗は大雪の中、懸命に足を引き摺って薬を手に入れようとここまで来てくれた。
あの時、雪斗のフリをしなければ。自分の具合が悪くならなければ。薬が家にあれば。雪が降っていなければ。
お前が死ねばよかったのにと、誰にも言われたことはないけれど周りにそう思われているのだと疑わず、自分で自分を追い込んでしまった雪弥。
俺たちはここからまた、歩き出す。
力強く地面を踏みしめ、2人で生きていく。
「大丈夫ですか? 救急車とか呼びますー?」
俺たちを見下ろした男性は、どこかのんびりした口調でそう言うので少々笑ってしまった。俺はそのまま、ゆっくりと首を横に振った。
あいつの分まで、幸せになろう。
その言葉は雪弥に伝えられなかったけど、これから共に過ごす時間の中で、何度でも伝えていけばいい。
雲間から一筋の光が降り注いでいる。
まるであいつが俺たちを祝福してくれているような気がしてならなかった。
【了】
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