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第7話
寒さでふと目を覚まし、スマートフォンで時間を確認する。まだ5時30分だった。
もう少し眠ろうかと毛布を引き寄せ寝返りを打った俺は、ベッドを見て飛び起きた。
雪弥がいない。
枕脇に雪弥のスマートフォンが置いてあったが、胸騒ぎを覚えた俺はもたつきながら身支度を整え部屋を出た。
雪弥の母親はまだ眠っているのか、1階は静けさに包まれていた。
三和土 を見ると、やはり雪弥の長靴が無い。
持っていたジャケットを羽織って外に出ると、もう雪は止んでいた。
真新しい白い雪の上に点々と残された足跡を辿っていくが、あいつがいそうな場所は見当が付いていた。
歩き始めて30分弱、昨日花を手向けた場所に雪弥はいた。歩道橋に上がり、手摺りに手を付き辺りを見下ろしている。
俺に気付いた筈だが、雪弥は一点を見つめたまま動こうとしない。俺は階段を上り、雪弥のそばにゆっくりと慎重に近づいていった。
「雪弥」
声を掛けても、雪弥はやはりこちらを見ようとしない。そして虚な表情のまま、ポツリと呟いた。
「英太の好きな人って、誰?」
そう問われて、俺は間髪入れずに応える。
「雪弥だよ」
「本当に? じゃあどうして、俺の足をあんな風に触ってくるの?」
「足?」
「左足だよ。よく触るじゃないか、俺の左の太腿。昨日だって触ってた」
俺は額に手を置いて、昨日の自分を必死に思い出す。
言われてみればそうかもしれない。
俺は思ったことをそのまま口にした。
「触ってたかもしれないけど、特に深い意味はないよ。内腿にある黒子が気になったり、肌触りが良かったっていう理由なだけで。嫌な思いさせたんなら謝るし、もうしないから」
「俺が、あいつの代わりだからじゃないの?」
目を瞠ると、雪弥も射抜くような目をして、手摺りにおいた手を白くなるくらいにギュッと握った。
「左足を撫でられるたび、俺はいつもやり切れなくなるんだ。いつまで英太はあいつを想ってるんだろうって。5年経ってもこれなんだったら、きっと10年20年経っても一緒。俺は永遠に、英太の1番にはなれない。ずっと、あいつの代わりのままだ」
雪弥は歯を食いしばりながら泣くまいと我慢していたが、崩壊したダムのように目から涙を溢れさせ、肩を震わせた。
俺はたまらず雪弥の腕を持つとすぐさま振り払われたが、怯まずにもう1度両腕を持って顔を覗き込んだ。
「誤解だ。足を撫でたのは、決してあいつを思ってとか、あいつの代わりにとかじゃない。言葉だけじゃ信じてもらえないかもしれないけど、俺は雪弥を本当に愛してる」
「誰を見てるの?」
「え?」
「英太はずっと、誰を見ているの?」
頬と鼻を赤くしながら口の端を上げる雪弥を見て、俺は生唾をごくりと飲み込んだ。
雪弥は追い詰められている。
「――英太にずっと言えなかったことがある」
雪弥は膝からくずおれて項垂れた。
俺も同じように膝を折ってしゃがみ込み、雪弥の体を支えた。
「高校の頃、英太に酷い言葉を浴びせて、もう話しかけないでって言ったのは、俺だよ」
――え?
「あの日、頼まれたんだ。英太と出かけてみてよって。ちょっとした好奇心だったんだ、英太はいつ気付くかなって。でも英太、全然気付いてくれなくて、終いには告白してくるし。でもそれがチャンスだと思ったんだ。あいつのフリをして酷いことを言えば、あいつと仲良くすることは無くなる。俺だけのものになるんだって」
雪弥は観念したように、今まで胸の中で必死に凍らせて封印していたことを口にした。
人がすり替わるだなんて普通であればできる筈がない。
しかしある条件を満たせればそれは可能だ。
自分と同じような顔、声、体躯を持つ人。
一卵性双生児の雪弥と雪斗 であるならば。
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