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なんで?胸がチリチリする
終業式までは、補習とか資格試験向けの授業ばかりだから、それが必要ない生徒は登校しなかったりするんだけど、当然俺は補習に出なくちゃならないわけで。
朝っぱらから元気すぎる大合唱を木の上からシャワーみたいに浴びながら、一人寂しくチャリで登校しては、昼には暑すぎてか静かになった同じ道を通って帰っている。
この時期に普通免許を取る連中も多いんだけど、俺の場合はまだ貯金が足りなくて見送っている。車は親ローンで買ってくれるらしいけど、教習所の支払いは自分でしなさいって言われた。
まあ春休みでも遅くはねえけどさー。けち、と漏らして母親につむじをうりうりされたのを思いだし、チャリを漕ぎつつ溜め息が落ちた。
病院の前を通るとき、赤いワンボックスが視界に入り、速度を緩めて首を向ける。郵便配達車だ。ポストがあるから取り集めに来てるんだろう。
まさかあの人じゃねえよな。まぶしさに目を眇ながら振り返り気味に見たけど、全然別のおっさんだった。はっきり覚えてなくても、あの人が特別背が高かったのは覚えてるから、間違えようがない。
それから気になり始めて、登下校は勿論、他の用事で外出しているときにも、ついつい配達車のドライバーを目で追うようになっていた。
で、判ったこと。
まず、配達車にも赤じゃないのがあること。白とか黒も見かけることがあるけど、多分これは小包の配達とかなんだろう。もしかしたら、委託されている別会社で、職員じゃないのかも。
それに、あの郵便局の場所から近い場所とかでも取り集めしている人を見たけど、いつも違う人だ。曜日とか時間とか細かく分かれてるのか、とにかくあの人は見かけない。
なんとなくムキになって、ふと思い付いたことを試してみることにした。あの手紙の日と同じ曜日、同じ時間に行けばいいんだ。
補習が終わった後、俺はダッシュで郵便局に向かった。のはいいんだけど……。
郵便局で、やることねえし。
用事もないのに入るのは憚られて、仕方ないからチャリを隅の方に停めて建物の周りの道をうろうろ。
いかん、これじゃただの不審者だ。こないだは皆がいたから待つのも苦じゃなかったけど、ひとりぼっちだと数分が異様に長く感じられる。
十分くらいして車がやってきたとき、助かったって心底そう思った。
運転してる横顔がすぐ傍を走り抜けて、ポスト前に停まる。運転席から降りたあの人はやっぱり背が高くて、投げ出すようにして足を出してから、ぐっと屈んで降りてきた。
陽光を弾く、栗色に近い髪は少し波打っている。前に見たときより襟足がすっきりしているように思う。暑いから切ったのかな。とろんと気だるげな感じに眦の垂れた目を瞬いて、ハッチバックを開けてコマ付きの大きな籠を下ろすと、からからとそれを引いて入っていく。
ごくんと唾を飲んでから、俺は車の傍に寄って行った。
一旦閉められたハッチバックには、よく見るとネームプレートが付いている。トラックの後部にも付いていることが多い、ドライバーのフルネームだ。なるべくさりげなく見えますようにと願いながら、俺はそれをちらりと見直す。
内林健吾。初めて見る名字だけど、読み方はうちばやしでいいのかな。
そうこうしている間に、今度は荷物がそこそこ入った状態の籠を引いて、あの人が出てきた。
自動ドアが開いて、ふと俺に気付いて、足を止めて内側で端による。
あ、しまった。中に入ると思って待ってくれてるんだ。
慌てて顔の前で手をぱたぱた振ってから、出てくれとジェスチャーで示す。怪訝そうにしながらも、意図を察して出てくれて、ほっと一安心。
ポストの横に貼ってある集荷時刻を確かめる振りをしながら、俺はあの人が荷物を積み込んで発車するのを見送っていた。
に、しても。ぜんっぜん気付かねえのな、俺に。
半分くらいは「あ、こないだの高校生」「いたずらして業務妨害すんな」とか説教されるの覚悟してた。だってさ、すわ告白、って誤解されるようなこと、わざわざしてるんだもんな。タチの悪いイタズラだろ。たまたまあの人がイケメンで女に困ってなさそうな人だから救われてるけど、そうじゃなくて女日照りのおっさんとか根暗そうなやつだったら、期待に胸膨らませて開封すると思うんだよなあ。
だけど、実際は罰ゲームで女装してるだけの男でさ。むかっときて当然だと思うんだ。
だから、それだったらちゃんと謝らなくちゃって思ってたのに。
こつん、と足下の小石を蹴って、チャリの方へと向かう。
スルー。見事なまでにスルーだった。たった一週間、されど一週間。あの内林さんにとっては、あれくらいのイタズラ、記憶に残しておくほどのことじゃないんだろうか。
それならそれで助かるはずなのに、なんでか胸の奥がちりちり焦げるような感じがしてた。
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