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罰ゲーム二回目
今更感漂う中、終業式が済んで、ホームルームから解放された生徒たちが蜘蛛の子を散らすように校門から捌けていく。
一部、部活動で残る生徒を除けば、帰宅部その他の方が圧倒的に人数が多くて、俺もバイトがあるからそそくさと退散する。稼ぎ時だからそんな奴らが大半だろう。公務員試験受ける奴だって、夏休みは試験勉強とバイトの掛け持ちに忙しい。
「人見、明日絶対来てよ」
途中まで一緒の道を辿りながら、莉央がウシシと笑った。
「だーいじょうぶ。俺が引きずってでも連れてくから」
チャリを押しながら、直紀もにやついている。
「行きますよー約束だもんな」
気乗りはしないけど、罰ゲーム第二弾の執行日だ。ぶっちすんのも格好悪いし、何より莉央の家に上がれる数少ない機会だ。どんな理由でだとしても、行かないわけがない。
だけど嬉しそうにするわけにもいかねえから、わざとぶすくれた表情を作って横目で二人を見る。
「こないだよりちゃんとメイクもするからね」
莉央は気合い十分のようで、一体何が用意されているのかちょっと不安だ。ぐう、と喉の奥で唸ると、
「ヒトミちゃんは可愛いからすっぴんでもいいけどなー」
なんて、直紀はからから笑った。毎度失礼な奴だ。
「だからー、ちゃん付けすんなって」
俺より十センチもタッパがある直紀にとって、莉央も俺も可愛いに値するんだろうけど、でもやっぱり嫌なもんは嫌だ。これでも平均身長あるんだかんなー。
駅前を中心とした夏祭りは、午後を回ってからブラスバンドのマーチングを初めとして中央通りのパレードから始まる。うちの学校も出ているけど、俺は興味がないから別にいい。まあ、チアなんかはちょっと見たい気もするけど、それでもやっぱり莉央の方が優先だ。
そう、たとえどんな理由だろうと。
「もう、人見ー今更恥ずかしがらなくても」
いや、恥ずかしいだろ、これは。
俺は莉央の前に立ったまま、ハーフパンツの履き口に両手を掛けて、裾をくいくい引っ張る莉央と攻防を繰り広げていた。
「言った通りちゃんとトランクス履いて来てるんでしょ。だったらいいじゃん」
ボクサーパンツ愛用している俺にそんな注文がくるから、なんでって思ったけどちゃんと履いてきた。だけど、まさか自分で着替えるんじゃないなんて聞いてねえよ。
「もー、しょうがねえなあ。俺も手伝ってやるよ」
背後から直紀が俺の手を外そうとする。あっちの方が力強いから、俺は必死になって抵抗した。
「やだって、服破れるー」
「やならさっさと手を外すか自分で脱げよな。このまま続けてたら最悪パンツごと下着脱げんぞ」
衝撃の言葉に、うっかり俺は力を抜いてしまった。その瞬間に、すとんと莉央の手によってハーフパンツがズリ下ろされて、膝立ちになっている莉央の目の前に俺の下半身。しかもパンイチ。
「うわあぁぁっ」
叫んだ後には言葉もなくて、虚しく口を開閉していると、なーんとも思ってなさそうに平然と莉央に足を抜かれて、ただただ呆然とする。
「はいそのままー」
服を畳んで脇に退けて、和装用の肌着を巻き付けられ、長押に吊るしてあった浴衣を背後から肩に被された。当然女物だ。
緊張から呆然で、いい感じに力の抜けた俺の前に回ったり後ろに行ったりしながら、てきぱきと莉央が着付けていく。一応ね、とタオル一枚分だけ腰回りに補正されただけで、十分くらいで帯まで全部やってくれた。
それにしても、胸から腰だけが暑い……。
女って大変だったんだな。涼しげに見えるけど、着る方は暑かったんだ。
去年の夏祭りの莉央を思い出し、単純に喜んでた自分を反省する。
肝心の莉央は俺たちが来る前に既に着替えが済んでいて、そんな動きにくそうな格好のまま俺に着付けてくれたんだ。俺なんか男物の帯だって結べないから、ただただ感心するばかり。
黙ったままの俺の前に立って、少し離れてから全体をチェックして、よし、と莉央が頷いた。
「ほんじゃ、仕上げ。人見、私の真似して」
ん、と思いながらも、目の前で軽く足を開いてゆっくり腰を落とす莉央と同じ動きをする。軽くスクワットする感じのそれは一回だけでいいらしく、それからまた直立に戻ると、うんうんと莉央が頷いた。
「これで裾さばきが楽になったはずだよ」
よくわかんねえけど、試しにリビングの中を一周歩いてみた。確かに、あれだけきゅうきゅうに腰に浴衣が巻き付けられたというのに、すんなり歩くことができる。
「ほほう、お主なかなかやるな」
「ほほほ、女子の嗜みですわ」
手の甲を上にして口の前にやり、莉央が笑う。嗜みつっても、知ってる女子高生はきっと少ないだろう。いや、実態はしらねえけどなんとなく。
見とれている間に、ソファーに置いてあった巾着袋の中からデジカメを取り出した莉央が、俺を撮影してた。前からと後ろから。それから再生画面にして手渡してくれる。そこには、白地に紺のストライプと赤のグラデーションで描かれた金魚柄が入った浴衣にモスグリーンの帯を締めた俺が写っている。帯の結び方は、ヒップラインが隠れるように枝垂れ桜にしたんだとか言ってる。蝶々結びの結び目が上から隠されている感じで、帯の端っこが尻まで垂れているのが可愛い。
くるりと回って、莉央が自分の背中も見せてくれた。文庫結びって一番オーソドックスなやつで、浴衣も白地に紺で桔梗柄が入っている古典柄なんで、なんだか大人っぽい。いつもと違って髪型も夜会巻きにしてあるし。
今時の女子高生はピンクや黄色やラメが入った華やかな柄にレース付きの帯を締めているのが多いから、余計にそう思う。同級生なのに、憧れのお姉さんって感じだ。
実際、女友達からバレンタインなんかに沢山チョコもらってて、女子校みたいなノリの多いうちの学校では同性にもモテてる人種なんだけどな。
俺のこともきっと妹分みたいに思ってて、だからあれこれ構うんだろうなあなんて思ったら、ちょっと切なくなってきた。まあ、友達ならそれはそれでいいんだけど。もうちょっと男っぽくなってから認めてもらえればいいんだし。
それからソファーに場所を移して、今度はメイクアップ。勿論薄化粧なんだけど、アイライン引いただけで自分でも本物の女みたいに見えて参ってしまう。粉ものは薄めで、口紅はグロスに近いぷるんとしたタイプのを付けられた。
その間、至近距離に莉央の顔があるのが困る。話しかけられるときに少し息が当たって、なんだか腰の辺りがもぞもぞする。こんなときに限って直紀は黙って誰かにメール打ってるみたいで、対面のソファーで大人しくしてるし居たたまれない。
「よし、でーきたっ」
それでも五分間くらいで解放されて、ほっと肩の力が抜ける。長い五分間だったけど壁時計で確認したから確かだ。
「おぉっ、流石莉央。この間よりすげー」
甚平の尻ポケットに携帯をしまおうとしていた直紀が腰を上げながら再び携帯を開く。莉央もまたデジカメを構えていて、連続してシャッター音が部屋に響いた。
「撮るのはいいけど、ぜってーオンラインに流すなよ。メール添付も禁止だかんな」
「わーかってるって」
しっかり念押ししたものの、直紀の方は甚だ怪しい。信用できねえ。後でどうにかして携帯ぶんどって消去してやる。
満足した莉央が「見る?」とまたデジカメを差し出してくれたけど、今度は断った。
メイク中に一応ちょっとだけスタンドミラーで確認したし、俺じゃない俺の顔なんてそんなに見たくない。
出来れば、祭りで出会うかも知れない誰かが、これが俺だって気付きませんように。そのくらい化けられていますようにって祈るだけだ。
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