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知らない誰かでいいから

 少し日が暮れて、踊り連が出始める頃、俺たちはチャリで駅前に向かった。といっても俺が乗っているのは直紀の荷台で、横座りだ。浴衣で漕いだら見た目が台無し、と莉央に大反対されたから仕方ない。直紀の腰に腕を回している俺は、彼女にしか見えねえんだろうなあ。直紀もなんか嬉しそうなのが腹立つ。  これも莉央に借りたイ草の草履を落とさないように、足の指にも神経を遣りながら後ろに付いてくるもう一台を見る。  俺には制止した莉央だけど、自分はちゃっかりチャリを漕いでいる。ずっと片手で膝の辺りを押さえているせいかそれとも根本的に漕ぎ方が違うのか、全く裾が乱れる様子はない。歩き方も気を付けてねと言われているものの、俺が漕いだら間違いなく膝が開いて前が全開だったろうな。  地下の駐輪場に停めてから、いつもよりゆっくり歩いて会場へと向かう。莉央は桐の下駄を履いていて、からんころんと音が鳴るのが風情があっていい。結構高さがあるから歩きづらいよって俺には草履を貸してくれたけど、ぺたんぺたんって音より絶対いい。  でも二枚歯の下駄って五センチはあるから、俺だとすぐに捻挫しそうだ。背筋を伸ばして、たわいない話をしながら歩く莉央は俺とそう身長も変わらなくて、端から見たらきっと直紀が両手に花に見えてんだろうなあ。  少しずつ増えていく通行人の中でも、男だけのグループにガン見されてる。うっすら敵意も感じる。向けられてんのは直紀ひとりだからまあいいか。  にしても……。郵便局ではあんまり人目がなかったから気にしてなかったけど、俺ってどうやら一応女に見えているらしい。声聞いたらばれるんだろうけど。 「で、どうすんの」  このまま三人でぶらつくだけでいいのかって意味で訊いたら、そうだなあって直紀は首を傾げた。 「一応途中ではぐれてもいいように待ち合わせしようぜ」  毎年大通りは人がぎゅうぎゅうで沿道はまともに歩けないくらいだ。ずっと手を繋いでいないとヤバいくらいで、露店に寄っている間にはぐれるなんてよくある話。歩いて莉央の家まで帰れないわけじゃないけど、まあ時間決めといた方が無難だよなあ。  踊りが終わる二十一時頃駅前のロータリーで駐輪場に近いところって決めて、そのまま俺たちは屋台を冷やかした。  背の高い直紀を盾みたいにして先頭を歩かせて進んでいると、いつの間にか莉央と手を繋いでいるのに気付いてしまった。はぐれたら困るから、と思っても、俺が二番目に歩いていたら手は握らないだろうって予想できるだけに、ちょっともやっとする。  訊いたことないけど、やっぱ直紀も莉央のこと狙ってんのかなあ。  商業高校だから、クラスに男なんて数人しかいない。科によっては一人ぼっちになることもあるらしいんだけど、幸いにも俺たちが居るクラスは男が俺と直紀含めて五人いる。  そんな中、他の女子の友達と一緒のような扱いで、すぐに莉央が話しかけてくれたんだ。流石にすぐに女子に話しかけられなくて躊躇していた俺は、その時から莉央が気になって仕方ないんだ。  数少ない男子の中で、俺が見たことある中では、直紀が一番イケメンだ。昔からいるスポーツ系の男前っていうのか、部活はやってないけど、力仕事系のバイトが多くて、ずっと日焼けしてる。筋肉も実用的なのがついてて、女子の中でも高身長の部類に入る莉央と見た目にもしっくりしたカップルになる。  ずっと前から、心のどこかで、そう認めてた。だけど付き合ってるとか好きだとかそんな話も聞いてないから、別に諦めなくていいんだと言い聞かせてた。  だけど――。  ふと顔を上げると、今まですぐ前に居たはずの莉央の背中が見当たらない。そんなに早足で歩いたわけじゃないから、もしかして足を止めたのに気付かず俺だけが来ちゃったのかも。そう思って取り敢えず人の流れから抜けようと、シャッターが下りている店舗を見つけてそこに身を寄せた。すぐ隣ではかき氷を売っていて、なんだか喉が渇いた気がするので一つ頼んでみる。女装がばれたら嫌だなあなんて考えてたら自然と小声になっちゃっていたようで、店のお兄さんに届かない。仕方ないからブルーハワイを指さして「これください」と口の動きで訴えると、ようやく頷いてくれた。  五百円玉を渡したら、釣り銭をもらうときにぎゅっと手を握られて、かあっと赤面してからそそくさと離れながら手の中を確認したら百円玉が四つあった。百五十円って書いてあったのに。  握手ひとつで五十円か。安いのか高いのかわかんねえな。  巾着の小銭入れにしまってから、右に左に視線を振りつつ二人を探す。その間に、沿道の向こうの車道を、何チームも踊り連が通っていき、沿道は声援で沸き返っていた。  ゆっくり食べたせいかかき氷が少し溶けてて、最後は甘ったるい砂糖水を飲み干して、後口のために飲み物を探す。こういう日には自販機より安いペットボトルを売っているはずで、それを探しながらのろのろ歩いていると、不意に肘の辺りを引かれてたたらを踏んだ。 「なあ、もしかして一人で回ってんの。誰かとはぐれた? 良かったら俺らと回ろうよ」  閉店後の銀行前まで引きずられるように歩かされて、同じ高校生か少し年上かなあって男二人に挟まれる。  あれ、結構背ぇ高い、とか勝手なこと言いながらも離してくれそうもなくて、俺は冷や汗を掻きながらまた沿道に直紀たちを探した。全然影も形もない。  口を開いたらすぐに男ってバレるだろうし、バレたら騒がれそうで怖い。それにもしも乱暴されて、莉央の浴衣を汚されたりしたら困る。  どうやったら逃げられるか、そればっかり考えて、それでも視線は沿道にばかり行ってしまう。そうしたら、無視され続けて業を煮やしたのか、銀行横の脇道へと引っ張られそうになった。  人一人がようやく抜けられるような、建物同士の隙間。そんなところに連れ込まれたら、何をされるか判らない。俺は必死で踏ん張った。 「や、やめっ」  思わず漏れた声は震えていて、誰でもいいから、知らない誰かでいいから助けてほしかった。

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