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お似合いカップル
底冷えのする声音に、びくんと反応した男の手が引けて、さっさと退散していく。意気地なしで助かった。
だけど不機嫌そうな健吾さんにぐいと肩を抱かれ直されて、そのまま脇道へと誘導されていく。体育館との通路を歩いていると、「凄いお似合いカップル!」と客の視線が向けられてきて、こんなときなのに嬉しくなる。
女装はイヤだけど、女に見えてるなら健吾さんとくっ付いてたら恋人同士に見えるんだ。男同士でも戯れにくっ付いて歩くことはあっても、やっぱり雰囲気が全然違う。明らかにじゃれてるって空気がないとただのゲイカプになっちゃうから出来ないのに、これなら堂々と抱かれていられるんだ。
ぐるりと体育館を回り、出入り口から死角になるベンチでようやく腰を下ろすことが出来た。
それでもまだ肩を抱かれたままでどうしていいか判らない。取りあえずパックを開けて割り箸を割ると、「食べる?」って訊いてみた。
「俺のことは気にせず食え」
淡々と答えられて、そういえばもうとっくにお昼過ぎてるんだったと思い出した。どこか他の店で買い食いしたんだろう。
「健吾さんが来てくれるなんて思ってなかったからびっくりした」
半分まで一気に詰め込んでからようやく言うと、「先週言ってたろ」と当たり前みたいに言われる。
土曜日なのに夜まで来られない理由として説明しただけで、詳しいことはなにも話してない。勿論女装の件もだから、来て欲しいとも思ってなかった。
それなのにこんな不意打ち酷い。舞い上がって勘違いしそうになってる。
「それにしても、まさかと思ったけど……」
またか、という風に隣から全身をチェックされて、今更ながらに恥ずかしくなる。
開き直らないと女装なんてできねえのに、こんな風に自覚させないで欲しい。
「似合うからまずいよなあ」
肩から滑らせて、うなじを撫でられる。耳の後ろに当てられた指先の動きに、体の奥が疼いた。
はあ、と吐息の温度が上がる。
「んなとこで発情すんな」
叱る声が甘くて、止めるくせに手はそのまま動き続けて。そこが弱いって知ってるのにタチが悪い。
「この服はレンタル?」
片手でスカートを摘んで訊くから頷いたら、「じゃあ汚せねえな」ってにやりと笑った。
また変なのが寄ってきたら困るって、教室まで送って行かれる。出てきたときより注目されてて居たたまれなくて、ぎゅうっと両手でスカートを握っているのもどこ吹く風で。
「じゃあ、また後でな」
って別れ際に尻の辺りを撫でていくから、俺は真っ赤になって頷くのが精一杯で。
きゃあきゃあ騒いでいる女子の後ろから、燕尾服を着た直紀がやってきて、険しい顔をしてるのが疑問だったけど、仕事に戻るように皆を説き伏せるのに躍起になってた。
ようやく夕方になり、一般客には帰りを促すアナウンスが流れる中、俺たちは着替えた。脱いだモノは纏めて業者の人が引き取ってくれるから、脱いだ端から皆段ボールの中につくねていく。
背中のジッパーに手が届かなくてもたもたしていたら、一番最後になってしまった。
「どんくさ」
もう制服のスラックスとカッターに着替えている直紀がやってきて、後ろからジッパーを下ろしてくれる。その手が僅かに腰に触れて、慌てて俺は体を捻った。
「さんきゅ、も、もう出来るから先に片付け手伝いに、」
がしっ、と、正面から俺の背後の棚に手を突いた直紀に閉じこめられる。
「あいつだろ。あのメールのやつ」
言葉を遮られてずいっと体を寄せられて。突然の人肌に、びくんと体が反応してしまう。
「ぅあっ」
瞬間、目を閉じて喘いでしまった俺に、直紀の方が驚いている。慌ててドレスをかき寄せて口元まで持ち上げても、上気した肌は隠せなかった。
「なに? 人見。そういや飯の後もなんかおかしかったな。熱でもあんのか」
「ち、ちが……っ」
身動きする度に、歩く際に一歩ごとに体の中を刺激するものに反応してしまっている。
お好み焼きを食べた後、トイレに連れ込まれて、学校に持参すべきじゃないいかがわしいものを埋められた。知り尽くした俺のイイトコロに当たる位置に入れられて、そこから延びたコードは背中に近い場所に低粘着テープで留められている。スイッチは入ってないけど、会うまでそのまま入れてろって言われて、襲い来る疼きに耐えながらどうにか過ごしてきたのに。
そんなこと、絶対誰にも知られるわけにはいかねえ。
怪訝そうに眉を寄せている直紀をぐいぐい押して遠ざけると、後ろ手に棚から自分のシャツを取って、背中を向けないようにドレスを下に落としてから手早く羽織る。シャツの裾が出るようにスラックスに足を通すと、ようやく人心地ついた。
それを黙って見守っていた直紀が「あのさ、」と再び口を開く。その時、室内にバイブの振動音が響きわたった。
二人同時に鳴り始めた音。俺のはスラックスのポケットからだったから、これ以上変な反応するわけに行かなくて、急いで取り出して着信を確認する。クラス委員からの一斉配信だった。
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