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なんでここにいるの?

 新学期、同じクラスの直紀に会わないはずもなく。最初こそ慣れない痛みに食欲もなくなっていたもんだけど、今はもう月曜まで引きずるような疲労もない俺は、皆と同じようにおはよと挨拶をした。  あんな酷い言葉を投げつけた俺にどう接していいか戸惑う風だった直紀も、屈託なく接する莉央につられてか、前のように戻っていった。  俺も、表面上は普通に笑ってて、どうでもいいような会話で盛り上がって、他の女子ともガールズトークしてる。  心の中では、もう明らかに二人に一線引いてしまっている。特に直紀とは、もう学校以外で行動を共にすることもやめて、夕方から毎日入れているバイトを口実に、他の奴らと一緒にでも遊びに行かなくなった。  進学校じゃないとはいえ三年の後半だ。それぞれの進路に向けてラストスパートする周囲も、滅多に放課後遊びに出なくなって、俺は目立たずフェイドアウト出来たことにほっとしてた。  これという事件もなく日々は過ぎ、俺たちの最後の文化祭の日がやってきた。  商業なだけあって、毎年サービス業で賑わう学内。近所の畑から仕入れた野菜を売るブースもあれば、それを加工して調理品を食べさせるブースもある。  他の学校みたいに手軽にポップコーンの屋台を出しているクラスもあるけれど、塩だけじゃなくていろんなフレーバーがあって、華やかに飾り付けられている。仕入れから最終的な利益率まで出して最後にクラス対抗になるようにしてあるから、全員かなり力を入れていると言っていい。  そんな中、調理施設を乗っ取ることに成功した我がクラスは、本格的なパティスリー経営に乗り出していた。焼き菓子を事前に作り置き、生菓子は前夜から泊まり込みで冷蔵庫をフル稼働させて作り続けている。  そういうのを手伝えない俺は、当日の給仕役になるしかなくて、しかもそれがメイド服着用だったとして、断るだけの気概もなかった。直紀も最初はメイドだったけど、あまりの似あわなさに女子からブーイングの嵐で、執事っぽい服に落ち着いた。  本人もほっとしてたけど、不公平感は否めねえ。他の男子だって似合わない中でもぎりぎりロングスカートの正当派メイド服着て我慢してるってのに、嫌われてしまえ。 「けどほんっと人見だけ違和感ないって言うか、私より可愛いって言うか」  目の前で腕組みして大きな溜息を吐くクラスの女子たち。久しぶりにメイクまでされて、自分で確認しなくてもあの祭りの日みたいに仕上がってるんだろうなと思った。  ずっと入り口付近で客引きするように仰せ付けられて、休憩時間以外は廊下に立ってろってことらしい。  心のどこかに、じわりと湧きだして引いていかない恐怖がある。  大丈夫、ここは学校で、変な奴らは来ない。何かあれば先生だって対応してくれるはずで、ただ俺は売り上げに貢献できるようににこやかにしてたらいい。  開門の合図として音楽が流れ始めて、しばらくして廊下は一般客で賑わい始める。  交代で買い物して回っている生徒に写真をせがまれ、中で注文した後ならいいよって答えたら、通りかかった他校の男にも囲まれてしまった。  毎年、女子の多いこの学校にナンパ目的でくるやつ多いけど、どうせなら本物の女子に行けよって心の中で文句を言いつつ。なぜだか俺のことも女と疑っていない様子の連中と、ひたすら笑顔で写真に収まっていく。  これならなんとか役目を全うできそうだなと肩の力が抜けて、あっと言う間に昼が過ぎて、休憩してきなよってクラスの男子が代わってくれた。  明らかにがっかりしている通行人を無理矢理捕まえているそいつに吹き出すのを堪えつつ、賄いのお好み焼きを厨房で受け取って、さてどこで食べようかと悩む。  厨房は戦場だ。居ても邪魔になるだけだし、俺も落ち着かねえ。中庭とか普段なら休憩スペースになる場所にも屋台があったりするから、使ってなさそうな教室か、食堂しかないなと歩き出す。  それが失敗だったらしい。あっと言う間にどこからか湧いてきたナンパ男に捕まってしまった。 「ねえねえ、さっき写真撮らせてもらったんだけど覚えてる?」  さあ。人数多すぎて全員へのへのもへじ扱いだ。記憶にあるどころか人として認識できてない。  曖昧に首を傾げて、さあ困ったぞと思っていたら、調子に乗って腰に手を回してきた。両手が塞がっていなかったら手を繋がれてたんだろう。 「あの、休憩時間少ないから、早くご飯食べたいんですけど」  それでも嫌悪を押し殺して殊勝に応じると、可愛いなあって意味不明の返事でぐいぐいどこかへ連れていこうとする。  ダメだこいつ。人気ないとこ行くなら暴れるしかねえ。今はまだ人通りがあるからと耐えていると、俺たちに立ち塞がるように横から誰かが出てきて足を止めた。 「なんだ?」「あ」  同時に立ち止まって顔を上げた俺たちに、冷ややかに示される笑み。なんでここにいるのって訊くより前に、健吾さんの声が落ちてくる。 「触らせてんじゃねえよ」

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