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おれだけのひとみになれ
「もう、やだ……こんな、ひとりだけぇ……」
「どうしたらいいと思う?」
しゃくり上げる唇に触れるだけのキスが降ってきて、でもそれ以上はない。
「痛くていいからっ、健吾さんと繋がりたいよ……っ」
「そうか。そしたらどう言えばいいんだ?」
また、言わされる。
それでも、言わない選択肢は存在しない。
「あ……健吾さんの、ちんこで、中から気持ち好くして……」
お願い、と続けた声は掠れていた。
「ま、いいか」
もっとあけすけに強請って欲しかったのか、少し不満そう。だけど俺だってもういっぱいいっぱいで、頭が回ってない。
ずるりと引き出された指がまたいいところを掠めて、びくんと背がしなる。
「ひゃあ……んんっ」
窄まり、爪先までがくがくと震えが走った。白い視界にちかちかと星が瞬いて、何とも言えない恍惚と倦怠感が体中を支配する。
「なんだ。もう空イキ覚えたのか」
素質あるな、と半ば呆れたような声が聞こえて、腕の支えがなくなった。まだしっかり戻ってきていない視界のせいで、姿が見えないまま、カシャッとシャッター音が耳に届く。
また写真撮ってるのかな。脅すわけでもねえのに、どうするんだろ……。
ぼうっとしているうちに震えは止まり、それを見計らっていたかのように、両足を抱え上げられる。ゴムを付けた上からローションで濡らしている健吾さんのものが押し当てられて、窄まりがぱくぱくするのが自分でも判る。
「物欲しそうだな。見かけだけじゃなくて、やっぱお前、女役が合ってるんだろ」
子供の頃はともかく、高校生になってからも、男女問わずずっと可愛いって言われてきた。だけどそんなの背が伸びたら言われなくなるって思ってたのに、大抵の女子より高い身長になってもやっぱり言われて。
怒りよりも、諦め。仲のいいやつらは察して口にしなくても、他の人には言われるから、もうムッとするだけばからしくなってた。
女装だって、いくら似合うって言われてても、心の底から楽しめるはずがない。だけど約束は守らなくっちゃって、その義務感だけでやってたにすぎない。
だけど、もしもあの女装で告白シチュがなくて、健吾さんの存在を知らなかったら。こんな風に男とセックスすることなんてなかったと思う。未来のことはわかんねえけど。そうそう世間にホモっていねえと思うし。
だけどそれを言うなら健吾さんもそうで。こんな正統派の甘いマスクしてたら、女なんか勝手に寄ってくるだろうに、男の俺を抱いてる。
何の因果だろうって不思議に思ってたら、ぐっと腰を進められて、浅い場所で探り始める腰の動きに、また電流が駆け抜けた。
「よそごと考える余裕あるんだ、ひとみ」
重ねて名前を呼ばれて、現実に引き戻される。既に涎が垂れっぱなしの中心ががちがちに強ばり揺らめいて、爆発しそうなエネルギーを蓄えたまま、その出口を塞がれているのに、容赦なく責め立てられる。
「ひゃ、あぁぁーっ」
ひときわ高い声が零れ出るのを止められなかった。
「いいだろ、ここ。もっ回イけ。飛んどけ」
あふあふと開きっぱなしの口の端から唾液を垂らしながら、ピンポイントで快楽を引き出されて、また意識が白む。
体がびくびくと跳ねた後ぐったりとベッドに沈み込んで動けなくなる。射精のあとも気だるいけど、そんなもんじゃない。すぐに寝たいくらいの倦怠感に指先すら動かすのが面倒だ。
それなのに、健吾さんは先刻の締め付けにも放たなかったようで、またぐりぐりと同じ箇所に刺激が始まった。
「むりぃ……けんご、さん。も、変すぎて、おかしくなっちゃうよ」
丁寧に喋ることも出来ない俺を揺さぶりながら、にやりと笑っている。
「言ったろ。俺を刻み付けてやるって。もうほかの誰とヤっても満足できなくなって、俺だけのひとみになれ」
初対面と変わらないのに、助けてくれたときに「俺の」って言ってた。その言葉の通りにその日のうちに犯されて、初めてを全部持って行かれた。
それでもまだ足りない。二回目でもう痛みを上回る快感を引き出されて、それが多すぎて苦痛すら感じて。そんな初めてづくしの健吾さんとの交わりなのに、まだまだ足りないらしい。
俺、どうなっちゃうんだよ……
平日の昼間には、ぽっかり客足が途絶える空洞な時間帯がある。あまりの暑さに涼みに来ているのか立ち読みだけのひともぽつぽつ途切れないことがある割に、一人きりで居座るのは気が引けるのか、ハッとして出ていく若い女性を見送って、店内はぱたりと無人になった。
もうすぐ交代だからレジ締めるかなあ。と、隣で煙草の銘柄をぶづふつと復唱しているおばちゃんをちらりと見てから、カウンターの上に隣へどうぞの札を立てる。
その僅かな音に気付いたのか、おばちゃんはパッと俺を見た。平日毎日同じ時間帯を担当している中年の熟練だ。それでもカタカナは弱いのよねえなんて言って、暇なときには商品名を眺めて復唱してる。そのぽってりした口が、にんまりと横に広がっていく。
「人見くん、最近なんかいいことあったでしょ」
「いいことっすか? 別に」
「またまたー。夏休みだしバイト増やすのもいいけどさ、ちゃんと彼女デートに連れてってあげなよ。夏しか出来ないことってあるでしょ」
「いやー」
彼女なんていないけど、とっさに浮かんできたのが健吾さんで、なんでか顔が赤らんでしまった俺に笑顔の追い打ちが来てしまった。
「殆ど貯金してるって感心だけどね、別にお金使わなくたって遊べることも多いけど、やっぱり時間は作らないとね」
「土曜には会ってますよー」
「えー、土曜だけ? 寂しくない?」
まるで自分も高校生に戻ったみたいに気さくに話を続けられて、のらりくらりとかわす。
寂しくないって、言えない。会いたいけど、学生同士みたいに簡単じゃない。まして、泊まりで翌朝立てないくらいに追い上げられている俺にとって、それが精一杯のペースだった。
自分から健吾さんを訪ねたあの日、がんがんに突き上げられて、もう為すがままに揺さぶられていると、ようやく極まりそうになった健吾さんが、巻き付けていたバンドを外して一気にプラグを引き抜いた。
後から調べてみたら、やっぱり射精管理する専用の器具らしくて、その凹凸に狭い管の粘膜を撫でられて、あまりの刺激に俺の視界は真っ白になった。
「っあー――ッ」
喉の奥から、声帯がおかしくなったんじゃないかっていうくらい甲高い声が迸って、中に居るままの健吾さんの形を確かめるように襞が蠕動した。きゅう、と絞るような動きに、見えないのが凄く残念になるくらい、健吾さんが色っぽい声で喘いで、薄い膜一枚隔てて中で弾けた。
それまででもう全身が重くて動かないくらいなってたのに、抜かずにまた抽送が始まって、声も枯れ果てるまで喘がされたっけ。
以来、土曜に泊まりで行くのが約束のようになり、もう夏休みも終わる。少ない課題も片付いているし、俺のバイト時間が減るだけで、また変わらない日々が始まる。
そう、いつもと変わらない。変えないようにしなくちゃ。
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