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ポラリスの狗の再会

 五年前、ロイット・アール・シルヴァは国家に手を貸し、ある男を牢獄送りにした。   男の名前はヨギ・ウェン・ガーランド。催眠術や手品を駆使して人から金を奪い取っていた。だが、誰も彼を捕まえることが出来なかった。  何故なら、ガーランドの催眠術が強力で誰も彼だと気付いていなかったからだ。     被害者たちは顔のない男に騙されたと口々に言った。曖昧ではあるが、目撃証言から容疑者のリストに何度もガーランドの名前が上がったが、証拠が見つからなかった。  そんな男をどうやって捕まえたのか、それは奇跡に近かった。――彼が諦めたのだ。追われる生活に疲れたらしい。だから、実際は別にシルヴァの手柄ではなかった。捕まえるタイミングが偶々合ってしまっただけ。  ガーランドを逮捕する前にシルヴァは国家と約束を交わした。奴を逮捕することが出来たら俺を雇ってくれという内容で、その約束事は無事に締結された。それほど、ガーランドは国家の手を焼かしていたということだ。  何故、国家の狗になろうと思ったのか、それはシルヴァにとって、この世界があまりにも生きづらかったからだ。 「おい、こんな所にオメガが居るぞ」  まだ太陽が高い位置にある時間、ポラリスの拠点に向かう途中でシルヴァの前を小汚い三人の男が塞いだ。年齢は同じくらいだが、三人とも長身でシルヴァより十五センチは背が高い。ぱっと見でアルファだと分かる。 「お貴族のオメガ様が、こんな人通りの少ない場所で一人で散歩でもしてるのか?」  栗色の天然パーマを手で撫でつけながら真ん中の男が言う。 「うるさいな、ほっといてくれ」  不機嫌そうな表情をしながらもシルヴァは静かに男たちの間を過ぎようとする。 「そうはいかねえよ、俺たちも相手に飢えてんだ。相手してくれよ」  黒髪を後ろで一つに結んだ左側の男が切れ長の目をさらに細めてシルヴァの肩を掴もうとした。その腕をシルヴァはスッと躱す。 「俺はオメガじゃない、アルファだ」 「アルファだって? その見た目で?」  ブロンドの髪をオールバックにした右側の男がニタリと笑う。 「それに首にチョーカーだってしてるじゃねぇか」  真ん中の男がシルヴァの細い首元を指刺した。そこには金の尾長鳥の刺繍が施された黒いチョーカーがある。 「お前らに関係ねぇだろうが」 「お貴族様がそんな汚ぇ言葉遣いで良いのか?」  右側の男がシルヴァの顔を覗き込み、腕を掴んだ。瞬間、男が何かに気付き顔を強張らせる。だが、もう遅かった。   「好きでこうなったんじゃねぇんだよ!」  一向に道を空けようとしないことに痺れを切らして腕を振り払い、シルヴァは男たちに殴り掛かった。  シルヴァが生を受けたこの世界では男女共に三つの属性がある。アルファ・ベータ・オメガだ。一番人口的に多いのはアルファであり、次にベータ、そしてオメガとなっている。  男女ともに安定して身籠ることの出来るオメガは大半が貴族とされ、地位が一番高い。逆にアルファは数が増え過ぎたために、あまり必要とされず地位が一番低い。多くのアルファは子孫を残せずに生涯を終える。ただ、王族はこれに左右されない。  シルヴァは残念ながらアルファとして生まれたが、不思議なことにアルファらしく成長出来なかった。一般的にアルファは屈強であり、オメガは華奢であるが、彼はどういうことか見た目はオメガなのだ。  アルファにもオメガにもなり切れないシルヴァには居場所が無かった。それ故に、彼は生きていくために国家に手を貸し、国家警備組織ポラリスの狗になったのだ。 「くそ……無駄に体力使わせやがって……」  レンガ畳の上に力なく転がる男たちにシルヴァは吐き捨てた。死んではいないが、暫く彼らは地面とお友達を続けるであろう。  「遅刻じゃねぇか」  右腕に着けた腕時計を見てシルヴァはボヤき、次の瞬間には良策を閃いていた。 「なんだ? あんた」  道を抜けた先、運河を進んでいたゴンドラに橋から飛び乗ると当然のことだが船頭の髭面がシルヴァに向かって怪訝そうな顔を向けた。 「俺はポラリスの者だ」 「なっ、二等星さん?」 「二つ先の橋まで急いでくれ」 「へ、へい!」  シルヴァがシャツの袖の隙間から腕時計を見せると船頭の男は顔を強張らせ、オールを漕ぐ腕に力を込めた。二等星とはポラリスの隊員の俗称である。  シルヴァの腕時計の文字盤にはポラリスの一員であることを示す星の紋章が刻まれている。あまり誰彼構わず見せびらかすものではないが、これを見た者の大半は協力的な姿勢を見せる。何故なら、ポラリスに歯向かった者は牢獄行きになるからだ。  それでも、シルヴァが先ほどのゴロツキどもに自ら腕時計を見せなかったのはポラリスの力を借りなければ一人で太刀打ち出来ないと思われたくなかったからだ。  そのためにシルヴァはあらゆる訓練に堪え、肉体的にも身体的にも強くなった。 「二等星さん、もうすぐ橋を通りますよ?」 「どうも、ご協力ありがとう」  完全に遅刻ではあるが、歩くよりは早く目的地の近くまで来ることが出来た。シルヴァは近付いてきた橋の縁に掴まり、グッと身体を持ち上げた。  元々ゴンドラはゆっくりと進むものだが、道を行くよりは少しの時間短縮になる。そのまま道を行けば行き止まりも多いが、運河を行けば真っ直ぐに進むことが出来るのだ。  シルヴァがポラリスの本部に着いたのは決められていた時間を二十分ほど過ぎた頃だった。 「遅かったな」  少し重量感のある木製の扉を開いて、そろりと中を覗くと呆れたような口調がシルヴァを捉えた。国家警備組織ポラリスの長官であるソルジャーだ。 「申し訳ありません、途中で変なやつらに絡まれまして」  俺の所為ではない、と思いながらもシルヴァは申し訳ないという雰囲気だけは全面に出して部屋に入った。 「貴様はいつもそうだな……、まあいい。紹介しよう、今日から君のパートナーとなるガーランドだ」  ソルジャーの手の動きを目で追ってみると不真面目な態度で部屋の角に寄り掛かっている知った顔の男と視線が合った。 「ガーランド?」  あまりの衝撃にシルヴァは両目を見開いた。 「ソルジャー、正気ですか? この男は犯罪者ですよ?」 「それは承知の上で言っている。ガーランドの能力は我々の今後のミッションにおいて必要不可欠だ」 「不可欠って……」 「実際にガーランドは既に多くのミッションで成果を出している」 「宜しく、ガーランドだ。まさか、また君と会えるとは夢にも思っていなかったよ」  二人の会話などお構いなしでガーランドはシルヴァに近付き、彼の右手を取った。まるで姫の手を取る王子のような仕草だ。 「触るな、俺にあんたの催眠術は効かないぞ?」  不機嫌そうにシルヴァがガーランドの手を振り払う。ポラリスに入隊した直後からシルヴァは催眠術に対抗する訓練を受けさせられていたためガーランドのまやかしは効かないが、一応警戒しているのだ。 「それはとても興味深いね。でも効かないのなら、触れても構わないじゃないか」  満面の笑みでガーランドが再びシルヴァの手を取り、間髪入れずにその甲に口づけをする。仕立ての良い紺色のスーツは新調したようだが、特徴的な赤毛と優男な見た目は前と少しも変わらない。恋を知ったばかりの乙女や恋愛に飢えた青二才ならば一瞬で落ちていただろう。だが、シルヴァは違った。 「あんた、ふざけんなよ?」  腹の底から湧き上がる感情のままにシルヴァはガーランドの胸倉を掴んでグッと引き寄せた。掴むだけでなく引き寄せたのは二十センチの身長差を少しでも近付けたい故の行動だった。 「おい、喧嘩はよせ」  ソルジャーが言葉で制止するが、シルヴァは聞く耳を持たない。 「あんた、俺に近寄んな。デカいから圧迫感を感じんだよ」 「それは無理だよ。離してくれないんだ、君の手が」  降参するように身体の前で両手を上げ、やけに嬉しそうにガーランドが言う。 「今じゃねぇよ!」  物でも捨てるようにシルヴァは乱暴にガーランドの胸倉から手を放した。 「ソルジャー、どうしても、この男と組まないといけないんですか?」  人を指差してはいけないとシルヴァも学んではいるが、容赦なくガーランドに対して指を差す。 「ガーランドが、貴様と組ませるなら協力すると言ってな」 「刑期を伸ばすと脅せばいいじゃないですか」 「本人が居る前で、普通そういうこと言うかな? やっぱり面白いね、君は」  くくっと喉を鳴らしてガーランドが笑っている。 「ガーランドはは刑期が伸びることは恐れていない」 「なっ」  まったく犯罪者の考えていることは分からない、と驚愕する。 「君と組めないことの方が僕は恐ろしい」  恐ろしいと口にしながらもガーランドはニコニコと笑っている。 「何が目的だ? あんたを捕まえた俺への復讐か?」 「そういうわけではないよ。僕は別に君を憎んでない。寧ろ好きだよ?」  ガーランドの言葉を聞いて、意味が分からない、とシルヴァが頭を抱える。 「そういうことで、貴様ら二人には重大なミッションを与える。貴族であるアギラ家のご子息、シエラ様が隣国クルーォルの城に見合いに出向くそうだ。その護衛にあたってほしい」 「まさか、二人だけとか言わないですよね?」  恐る恐るといったようにシルヴァが尋ねる。 「そのまさかだ。アギラ家は貴重なオメガの一族だ。大人数で動けば狙う者に目を付けられやすくなる。そのために少人数で護衛する」 「そんな重大なミッションに何故、俺が選ばれたんですか?」  普段は国内の警備など単純な仕事ばかりを任せられている。それが、急にどうしたというのだろうか。やっと認めてもらえたのだろうか、と少しばかり期待した。 「申し訳ないが、もしもの時、貴様は身代わりになれるからだ」 「ああ、まあ、そう、ですよね」  なんともないような口調で言ったつもりだったが、視線が自然と足元に落ちる。 「ガーランドは、そうならないためのサポーターだ」 「信用できるんですか?」  ガーランドは元々犯罪者だ。途中で任務を放棄して逃亡を図るかもしれない。シルヴァの心にそんな不安が過る。 「大丈夫だ、見張りを一人つける。姿は見えないが、いつでも貴様を見張っているからな?」  まるで自分が見張っているかのように自らの両目を指差して、ソルジャーがガーランドに言い聞かせる。 「はいはい、分かってるよ。逃げたりなんてしないって」 「分かっているなら良い。では、今からシエラ様のもとに向かってくれ。話は以上だ」

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