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弔花のスパイス

 数週間が経った。 「シルヴァ、準備は良いかな?」 「準備も何も、もう始まってるじゃねぇか」  二人の後ろで気品ある大きな門が開いたままになっている。足元の真っ白なレンガ畳は人に踏まれ慣れていないようだ。 「貴様ら、どうやって侵入した! ここは貴族の土地だぞ!」  ぞろぞろと警備の者たちが集まり、シルヴァとガーランドを囲った。  真面目に話しても中に入れてもらえないことは知っている。それ故に二人はここを強行突破しようとしているのだ。 「どうやって? って、こうやってさ。――眠れ」  カクン、カクン、とまるで番号を振られたように順番に警備の者たちが立ったまま首を垂れていく。  数週間の間にガーランドの催眠術も更に強力に進化し、狙った相手に的確に掛けることが出来るようになった。無駄な言葉を言う必要がないため、時間短縮が出来る。 「仲間内で争え」  指を鳴らそうとした時だった。 「変な術を使うのは止せ。この男が死ぬぞ?」 「シルヴァ!」  催眠術が効かない者が居たのか、警備の一人が重厚な黒い塊をシルヴァの額に突き付けていた。  さすが貴族、高度な武器を持っている。ショッテンパードで最近作られたばかりのノッキングガンという物だ。引き金を引けば一秒もしない間に額に穴が空く。シルヴァもその速さを知っているから動けなかったのだろう。  まさか、こんなにも早く失敗するとは思っていなかった。二人ならば可能だと思っていた。 「今すぐ変な術を解け。この男が死んでも良いのか?」 「……っ、起きろ」  この場所に用事がある当人が殺されてしまっては元も子もない。ガーランドは悔しさを顔に滲ませながら催眠術を解いた。 「お前たちを連行する」  まだ頭に違和感を感じながらも警備の者たちがシルヴァとガーランドの両腕を掴みズルズルと引き摺って行こうとする。 「くそ! 離せよ! 俺は母親の墓参りに行きたいだけなんだよ!」  貴族の土地には入った。  もう少しだった。  もう少し行けば……。 「お止めなさい」  突然、その場を突き抜けるような真っ直ぐな声が聞こえた。  見ると知った人物が離れたところに立っていた。シエラだ。しかし、シルヴァたちに抵抗するな、ということだろうと警備の者たちは止まらなかった。 「あなた方ですよ? 警備の方々」  整った黒い髪を靡かせながら、シエラがツカツカとやって来て、シルヴァとガーランドの前に立つ。 「ですが、シエラ様」 「私の恩人に対して酷い扱いをすることは決して許しません。――さあ、お二人とも立って。私がご案内します」  二人に手を差し伸べながらシエラが続ける。 「あなた方は下がって大丈夫です。私には信頼出来る護衛が居りますので」  いつの間にか、シエラの隣に警備の者ではない人間が一人、立っていた。その姿を見て警備の者たちが波のように静かに去って行く。 「パーセル」 「あら、お久しぶり」  スラっとした体形と艶やかな金髪、そして、装飾のないシンプルな黒いドレスも変わらない。 「私の護衛として個人的に雇ったんです。彼女、いえ、彼は強くて格好いいので」 「綺麗って言ってくれた方が嬉しいんですけど?」 「それはいつも言っているではありませんか。たまには本音を言わせてくださいな」 「まあ、悪くはないわね」  得意げに片眉を上げるパーセルを見て、嬉しそうにシエラが微笑んだ。 「それよりシエラ様、ここの墓地は広いでしょう? どうやって場所を調べるのかしら?」  まあ、アタシには関係ないけど、といった様子でパーセルはそっぽを向いた。 「それは……シルヴァ、あなたの本当の名前を教えてください」  翡翠の瞳がシルヴァの方を向いた。 「……スターリン・アール・シルヴァ……です」  長く使っていなかった名前だ。違和感がある。 「スターリン? なんと、あのスターリン家の……」  厳しい理由が分かったような気がします、という表情をした。噂になるくらいスターリン家はアルファを毛嫌いする貴族だった。 「こちらです」  シエラに案内され、シルヴァは墓地である白い丘に立った。花の名前は知らないが、小さくて真っ白な花が一面に咲いている。とても綺麗な場所だった。 「母さん、ただいま」  母親の名が刻まれた丸い墓標の前に立つ。 「ごめん、ずっと来られなくて……」  何を話そうかとずっと考えていた。だが、いざ目の前に立つと上手く言葉が出てこない。  何から話せば良いのか。今、このまま口を開けば、どうでも良いことまで話してしまいそうだ。 「シルヴァ」  ガーランドが、墓標を見つめたまま口を閉ざしてしまったシルヴァの横に立ち、そっと手を握る。 「……今日はお別れに来たんだ。俺、ガーランドと行くよ。だから、これ」  ズボンのポケットからチョーカーを取り出して見つめる。  どうして嫌な物をずっと着け続けていたのかと真相を知ってから何日も考えていた。その答えが、昨夜やっと出た。 「本当は知ってほしかったんだよな? 真相を誰かに知ってほしかった。でも言えなかった。皆に一族の恥知らずと言われたから。俺、ずっと何も知らずにいてごめん。償いになるかは分からないけど、代わりに真相を公にしてやったよ」  ウォーカーは国民の前で何もかもを話し、どこかに幽閉されているらしい。    クルーォルでは次の王子を誰にするのか、王政を廃止するのか、審議が問われている。 「母さんのことは忘れない」  ――どうか、俺の知っている母さんのままでいてください。  母親の墓の前で、シルヴァはチョーカーを燃やした。金の尾長鳥が消えていく。 「はい、これ」  ガーランドは魔法のように一本の白いユリを何もないところから出現させ、シルヴァに手渡した。 「……ありがとう」  ――あなたには首輪ではなく、弔いの花を。  想いを込めながら、シルヴァは墓標の前に花を手向けた。 「じゃあね」  穏やかな表情で別れを告げ、背を向ける。 「シエラ様――」 「シルヴァ、この腕時計……」  シエラに礼を言って、ここを去ろうとした時だった。彼が自分の華奢な手首を指差した。 「あなた様に差し上げます。俺はポラリスには戻りません」 「良いのですか?」 「はい」  シルヴァの返事を聞いて、シエラの表情が明るくなった。 「パーセル」  シエラが名前を呼びながら、嬉しそうにパーセルに向かって腕を差し出す。 「シルヴァから頂戴しました。私たち、ずっとお揃いですね」 「アタシは別に嬉しくなんてないわよ?」  素っ気なく言うが、気の強いグレーの瞳は穏やかな雰囲気を纏って自分の腕時計を見た。 「シエラ様、ありがとうございました」  シルヴァが、ほっとした様子で言う。シエラが居なければ、二人ともどうなっていたか分からない。 「いいえ、どうかお幸せに」  シエラがそう言った瞬間、ガーランドが「ああ!」と大きな声を上げた。 「は?」  突然のことにシルヴァが顔を顰める。 「僕、大事なことを忘れてたよ」 「なんだ?」  一体何なのか、とシルヴァがガーランドの顔を覗き込む。 「シルヴァ」  真っ直ぐ見つめられ、名前を呼ばれても何も分からない。 「だから、なん――」  続く言葉を失った。ガーランドがシルヴァの前で片膝を着き、小さな黒い箱を開いたのだ。   「僕と結婚してください」  中には黒のラインが入った銀の指輪が入っていた。シエラがキラキラとした瞳で二人を見つめている。 「立て」  ぼそりとシルヴァが言う。 「え?」 「良いから立て」  機嫌が悪いのか、とても怖い顔をしている。  慌てて箱を閉じて立ち上がろうとした瞬間、ガッと胸倉を掴まれた。 「シル……」  そのまま乱暴に引き寄せられ、強引に唇を奪われる。こちらから唇を追うとスッと逃げられ、離れた唇はまた違った角度から深く口付けた。 「あらやだ」  人目も気にせず深い口付けを繰り返す二人を見て、パーセルがやれやれと思いながらも口角を上げた。その腕をシエラが興奮したようにバンバンと叩いている。 「……分かったか?」  ガーランドの唇を解放し、シルヴァが目を逸らす。 「やっぱり君は素直じゃないね」  ガーランドが、ふっと笑ってシルヴァの左手を手に取った。 「うるさい」  文句を言いながらも、左手の薬指に婚約指輪を迎える。 「君から離れないと誓うよ」  ガーランドが告げた時、白い花の丘に爽やかな風が吹き抜けた。

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