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【最終話】第7話
由樹は、困惑していた。
おじいさんとの約束のせいだった。
1週間前、自称「達人」(何の達人かは知らないけど)のおじいさんから授けられた秘策。
それは、
①おじいさんの言うことに従う。
②憧れの彼と話してはならない(ジェスチャーでの会話も不可)。
これを、どんな状況でも絶対に守るというものだった。
その時は、こんなに大変だとは想像もしていなかった。
由樹は、途方に暮れて、隣に立つ憧れの人の端正な顔を見上げた。
「実は、俺も同じ学校の卒業生なんだよ? 懐かしいな。体育の吉田先生って、まだ健在なのかな?」
彼のイケメンボイスに、「いるいる、担任ですよ! あの先生、キャラ濃いですよね?」との言葉を飲み込んだ。
ジェスチャーも不可ってことだから、今の由樹には首を傾げるくらいが限界。
折角、盛り上がりそうなネタをふってくれているのに、キャッチボールできずに見逃すなんて残念で仕方がない。
案の定、彼は不審な表情を浮かべている。
――本当にこれでいいの? 達人の秘策って言うけれど、これ、大丈夫なの???
「あれ? 分らない? もういらっしゃらないのかな? 他には誰が残っていらっしゃるの?」
飛んできた球を受け止めることも、打ち返すことも出来ずに、首を傾げるのみ。
「違うんです! 担任なんですっ!」と、大声で叫びたいのを必死で堪える。
おじいさんに目配せを送り、「もう、普通に会話していい?」と、助けを求めるが、あさっての方向を向いて口笛を吹いている。
――おじいさん、ひどい……
達人って、本当は何の? まさか、恋をぶち壊す達人なんじゃ? と、由樹は青くなった。
よく考えてみれば、このおじいさんからは卑猥なことしかされていない。
そもそも、恋愛スキルが高そうにも見えないし、朝の通勤電車で口笛を吹くなんて、はた迷惑な事を平気でやっちゃうあたり、秘策の内容も全然根拠が無さそうだ。
彼は、首を傾げるだけの由樹に痺れを切らしたのか、とうとう、
「どうしたの? 俺が話しかけるのは、迷惑? ひょっとして、邪魔だったりする?」
と、真意を探るかのように、由樹の瞳の奥をじっと見つめた。
――うわっっ! 距離ちかい! 素敵すぎる……ダメ、そんなに見つめられると心臓が止まる……
彼の端正な顔が間近に迫り、由樹の脈拍はすごい勢いで上昇した。
迷惑なんて、そんなことはありえない。
あなたに会えただけでも嬉しいのに、話しかけてもらえて、夢のようです。
そう答えようと口をパクパクさせるのだけど、今度は緊張のあまり声が出ない。
しばらくすると、電車が駅に到着し、人が大勢乗り込んできた。
彼は、諦めたように力なく微笑み、由樹に背を向けた。
――ええ?? 違う……違うんだってば……
彼に嫌われてしまったと涙目になりながら、無意識のうちに由樹はその背広の裾を握りしめた。
行かないで。自分を置いて去らないで。
「って、諦めると思った?」
「え?」
「甘い! 俺、しつこいから。欲しいものは、手に入れるまであきらめない」
「欲しいもの?」
何が起こったのか状況を把握できず放心している由樹に、ニヤリと悪戯っ子の企み顔で囁いた。
「お前だよ」
「ええ??」
彼の言葉に、キュンと胸が締め付けられる。
欲しいものって言ってもらえた。
もの扱いされて、嬉しいなんて、どうかしている。
でも、彼にそんな風に扱われるのは、すごく嬉しい。
穏やかで丁寧な口調から、感情が滲み出た親しみやすいものへと変化しているのが、距離が縮まったみたいで嬉しい。
顔の表情も、大人の隙の無いものから、ガキ大将のものへと変化しているのも可愛らしくて、素敵。
「声、出すなよ?」
自然な動きで、彼の手が背中に添えられた。
「背骨って、小さな骨の集まりなんだよ? 何個の骨で出来ているか知ってる?」
親指の腹で、頸椎をぐりっとされる。
「まず、1つ」
骨の形を確かめるように、数えあげながら、指はゆっくりと下降する。
「…15……16……17……」
なんでもない普通の場所なのに、骨の突起をグリッとされるたびに、線香花火のような小さな火花が体の奥でちりちりする。
「…んっっ…」
由樹の呼吸が荒くなる。
背骨をグリグリされるだけで、こんな淫らな気持ちになるなんて全然知らなかった。
「……あっっ…」
とうとう、尾てい骨にたどり着いた。
強い力でそこをグリグリすると同時に、その上の窪みをトントンと優しくノックされると、由樹の体を快楽の電流が走り抜けた。
その複雑な動きは、官能を引き起こすスイッチだ。
さっきまでの刺激で体の奥に蓄えられた、小さな熱が1つに合わさり、全身を覆い尽くす炎となり、出口を求めて下半身に血が集まってくる。
――何これ? やばい。こんなところで……
熱を孕み、硬度を持ち始めた昂りのせいで、前かがみによろめいた。
その時、電車が駅に到着し、多くの人が降車し、車内に空間が生まれた。
彼は空間を背にして、由樹を抱きかかえるように引き寄せた。
大きな体にすっぽりと覆われ、由樹の体は完全に隠れて死角となる。
「……うわぁっ…っ…」
ファスナーを降ろされて、由樹のペニスが取り出された。
彼の温かくて大きな手が、ふわりと包む。
自分の右手とは、全く違う、初めての他人の手の感覚に、それだけで達してしまいそうになる。
――こんなところで……、人がいるのにっ!
公共機関で衆人の目の前で信じられないことをしているのに、由樹のそれは萎えるどころか、腹につきそうなほどの角度で昂る。
恥ずかしくて今すぐやめて欲しいのに、もっとして欲しい。
彼の指が楽器を奏でるような軽やかさで、先端から溢れ出た先走りをペニス全体に塗り込めた。
気のせいか、ぐちゅぐちゅと恥ずかしい水音が聞こえる気がする。
背中にぴったりと張り付いている彼の体が変化し始めた。
尾てい骨の上の窪みの「快楽のスイッチ」のあの場所に、彼の硬いペニスが押し付けられ、手の動きとあわせてコンコンとノックする。
「……はっ、はっっ……」
由樹は、両手で口を押えた。
息を殺そうとすればするほど、マラソンの最中のように呼吸が乱れてしまう。
こんなことでは周りに気付かれてしまう。
分っているのに、自分ではどうすることもできない。
彼の興奮が、指先から、そして押し付けられているペニスから伝わり、由樹の体を突き上げる。
自分は、小さなウサギ。
獰猛な肉食獣の彼に、頭の先からむしゃむしゃと捕食されたい。
「ああっ、いくっっ」
耳朶に背後からかぶりつかれた。
突き抜ける痛みが刺激となり、とうとう、由樹は、彼の手に白濁液を吐き出してしまった。
「声を出すなって言ったのに……罰を与えないとダメだな……」
低音のイケメンボイスで囁かれ、ゾクリと身震いする。
罰ってなんだろう?
どんな恥ずかしいことを、されるのだろうか?
自分の心の中が、恐れよりも期待や悦びでいっぱいになっていることに、由樹は気付いていなかった。
ガチャガチャとベルトを外され、尻をむき出しにされる。
窄まりに吐き出した精液を塗り込められる。
――えっ? ここで??
彼の長い指が、後孔を押し広げるようにマッサージを始めた。
はじめて異物を受け入れるそこは、通常なら固く閉じているはず。
それなのにどうしたことか、由樹のそこは少しの刺激で柔らかく緩んで、ねだるようにピクピクとヒクつき始めた。
粘膜を蠢く動きは、どう考えても気持ち悪いもののはずなのに、なぜか悦びに包まれる。
もっと、太い、大きなもので貫かれたい。
ぐちゃぐちゃにそこを掻きまわして欲しい。
「なんだ? もう、欲しいのか?」
彼の囁き声と同時に、待ち望んでいた太くて大きなものがズブリと窄まりを押し開いた。
痛みはないが、すごい圧迫感に、息をするのも忘れる。
「大丈夫? 気持ちよくしてあげる」
彼が由樹のペニスを扱くと、粘膜が蠕動を開始した。
体が、細胞が、彼を欲している。
――もっと、奥へ、奥にちょうだい。
彼の激しい突き上げが始まった。
ガタンゴトンという電車のリズムに合わせて、由樹の中を穿つ。
粘膜の浅い部分を狙いすましたかのように、張り出した部分で擦られると、頭がおかしくなりそうなほどの快感が湧き上がり、由樹は我を忘れた。
快楽の波に押し上げられ、見たことがない景色が広がっている。
あともう少し、ほんの僅か数センチで頂点に達する。
――もっと、激しくズコズコして、ぐちゃぐちゃにして、孔の中をぬぷぬぷにしてっ!
突然、律動が止まった。
昇りつめる寸前で悦楽の波から転がり落ち、絶望的な気分になっていると、電車が駅に到着し、大勢の人が乗り込んできた。
「今日は、ここまで」
惜しげもなく由樹からペニスを引き抜くと、素早く自分と由樹の身支度を整えた。
さっきまでの卑猥な行為の余韻は全く感じさせない、元通りの涼やかな余裕のある大人の顔だ。
不完全燃焼のため吐き出すことが出来ず、うねる熱を持て余し、グズグズの由樹とは違う。
「俺は、次の駅で降りるけど、このままで君は大丈夫?」
丁寧な言葉遣いと、大人の気遣い。
由樹は、急に悲しくなってきた。
子供っぽくて、いじめっ子の顔は、もうすっかり跡形もない。
素の彼に近づいたと思ったのに、また距離が遠くなる。
結局、連絡先も名前も聞いていない。
とうとう、いつも彼が降車する駅に到着した。
涙が零れ落ちそうで、顔をあげることが出来ず俯く。
目の前に紙を差し出された。
顔をあげると、ニカリと悪戯っ子の微笑みを浮かべた彼の顔。
「それ、俺の連絡先。明日、続きをしよう? 楽しめるようなプレゼントを用意しておくよ」
耳元で囁かれた言葉に、いっきに気持ちが浮上する。
今日で、終わりじゃないんだ。明日も、そのまた明日もあるんだ。
「じーさんも、サポートありがとうな」
いつの間にか、隣におじいさんが立っていた。
手には、拡げられた新聞がある。
――そうか、新聞で周りから隔離してくれていたんだ。
「ワシの言う通りにして、良かっただろ?」
「うん。ありがとう。明日も新聞で隠してくれるの?」
「ふふふ、それはどうかな?」
「この車両のほとんどは、ワシが仕込んだ奴らばかりだから、正々堂々とエッチをしても大丈夫だけどね?」
おじいさんの呟きは小さすぎて、頭の中がピンク色の由樹の耳には届かない。
ましてや、この車両がその筋では有名で、痴漢プレイを楽しむ人が集うことも、今もすぐ横で50代の会社員が女子大生のスカートに手をいれてモゾモゾと動かしていることにも気付いていない。
「おや?」
20代前半の眼鏡をかけた生真面目な青年が乗り込んできた。
スマホで新聞を読んでいる、キャリアウーマン風の女性をチラチラと見つめている。
この女性は、ストレスが溜まると痴漢されたくなるらしく、この車両の常連だ。
でも、本当は性癖も含めた全てを受け入れてくれるようなパートナーを欲している。
あの青年なら、痴漢としてのパートナーだけじゃなく、人生のパートナーとしても良さそうだ。
次のターゲットは、あの2人だ。
今度は、どんな手を使って結び付けようか?
おじいさんは、その青年に近づくと耳元で囁いた。
「痴漢電車にようこそ」
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