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第6話
春馬は、その朝、イライラしていた。
急な出張から解放され、1週間ぶりのいつもの電車で見た光景は、信じられないものだった。
春馬は、子供と老人が大嫌い。
しかし、それよりも、嫌いなものがあった。
それは、人目もはばからず、イチャつくバカップル。
「ちょ、そんなところ…」
「じゃあ、ここならいい?」
「…っ……んんっ……」
「ゆきりん、可愛いすぎる♪ 食べちゃいたい!」
「……あっ、もう…っ…」
朝は、ただでさえ、皆、テンションが低い。
それが、月曜ともなるとなおさらだ。
そんな殺伐とした通勤電車の空気を全く無視して、周囲の乗客の神経を逆なでしているバカップル。
それは……
例の老人と男子高校生だった。
!!!!!!!!
驚愕のあまり、春馬は口をあんぐりと開いた間抜け面のまま、固まった。
春馬だけじゃない。周りの乗客も皆、固まっている。
そりゃそうだ。
老人と男子高校生のバカップルに、どんなリアクションができようか?
「ゆきりん、今日は体育の授業ある?」
「う、うん」
「えー? ゆきりんの、このすべすべしてエッチな太ももを他のヤツに見せたくない(プンプン)」
そういいながら、老人は少年の内ももをズボンの上からまさぐった。
「ケッ」と心の中だけのはずが、実際に口をついて出てしまい、春馬は、慌てて咳払いで誤魔化した。
一体、何だろう、この人たちは?
まるでダニだらけの布団で寝たみたいに、あるいは蚊の群れの中に全裸で放り出されたかのように、体中がムズムズしてきて、ガシガシと思いっきり掻き毟りたい衝動にかられる。
1週間前のあの時、確かに少年は、春馬に恋心を抱いていた。
春馬も、彼の気持ちを受け入れる心づもりはできていた。
口にこそしなかったが、指を絡ませたあの瞬間、互いの気持ちは通じ合った。
――なのに、どうして、こうなった?
「ゆきりん、えいっ! お仕置きだーい(はーと)」
「ぎゃっ」
老人は、少年のブレザーの合わせに手を突っ込み、(はっきりと見えないが、おそらく)乳首をコリコリと指先で弾いた。
「あんっ」
「ほら、ここ、ゆきりんの弱いところ(コソコソ)」
老人の周囲の目を気にしない傍若無人な振る舞いと、AV男優のような何とも言えない口調に、春馬はゾワゾワと肌を泡立たせた。
――寒い、寒すぎる。
次の駅で車両を移ろうと固く決心する。
もう、こいつらには関わりたくない。
そもそも、自分の恋愛対象は女。
少年に胸キュンし、のぼせ上がるなんて、全くどうかしていた。
もともと、そんなキャラじゃない。
自分にとって、恋人は狩りの獲物。
肉欲の対象であって、どう攻略するかに頭を悩ますことはあっても、自分の心を揺り動かす対象ではない。
この1週間、少年のことが気になって、本当は2週間かかる仕事を死ぬ思いで仕上げ、やっと会えると思ったものの、この時間の電車に乗り遅れたらと考えるだけで、その晩は眠れなくて、居ても立っても居られなくて1時間も早く家を出てしまい、無駄に5本もホームで電車を見送るなんて、普段の自分からは考えられないことだった。
恋愛に不慣れな中学生のように、きちんと少年に交際を申し込もうとしていた自分のバカさ加減に反吐が出そうだった。
大体、少年は春馬じゃなくてもよかったのだ。
だって、こんなエロじじいとイチャついているのだから。
あんな清楚で純情そうなフリをして、なんてヤツだ。
春馬は、ちらりと少年の顔を盗み見た。
さぞかし、はしたなく欲情にまみれた顔をしているだろうとの予想を裏切り、少年は途方に暮れた顔をしていた。
――そうか、じじいが勝手にセクハラしているだけだったのか……。
春馬はドロドロと渦巻く怒りを押し殺して、にこやかな表情を浮かべながら、少年に話しかけた。
「おはよう。また、会えて良かった。出張でいつもの時間に乗れなかったから、君のことが気になっていたんだ。こっちの方が空いているからおいで?」
少年の腕を引っ張り、さりげなくエロじじいと少年との間に割り込んだ。
少年は、少し困ったような、恥ずかしがっているだけのような微妙な表情を浮かべた。
「あのさ、この前、急に電車を降りてびっくりしたんだ。あれは、何か用事があったの?」
「………」
少年は、ますます眉根をよせて、困惑の表情を浮かべた。
助けを求めるかのように、エロじじいを見つめる。
――なんだ? エロじじいの魔の手から逃れたかったんじゃないのか?
訳が分からない少年の不可解な行動に、春馬は戸惑いを隠すことはできなかった。
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