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最終話 君にふれたい

「祥吾さん、おはよう!」 「おはよう…雪」 額に柔らかい感触を感じて目を開けると、雪が可愛らしく笑って俺を見ていた。その笑顔にホッと安堵して、雪の頭を引き寄せて抱きしめる。 ああ…。夢じゃない。俺の腕の中に雪がいる。 とても幸せで満たされて、鼻の奥がツンと痛くなる。 「祥吾さん…どうしたの?苦しいよ…」 「ん?あっ、ごめん…。雪が可愛いからつい」 「ふふ、そんなこと言ってる祥吾さんの方が可愛い。ね、朝ごはん出来てるんだ。お腹空いたし食べよ?」 「そうだな。腹減ったし雪の愛情飯食うか」 「あ、愛情飯って…」 「違うのか?」 「ち…っ、違わない…」 頬を染めて俯く雪を見て、俺の胸が締めつけられてまた泣きそうになる。 俺は、こんなにも雪を求めていたんだと再認識する。雪の仕草一つ一つが、とても愛おしい。 雪が戻って来てくれて、本当に良かった。 雪を見つけたあの日、雪と共に雪の家に行った。 唯一の家族だという雪の祖父に会って、雪と出会ってからのこと、雪を愛していることを伝えた。 雪の祖父は、難しい顔で黙って聞いていたけど、聞き終えると「奈津はどう思っているんだ」と雪に聞いた。 「僕も祥吾さんを愛してる。祥吾さんの傍にいたい。またおじいちゃんを一人にしちゃうけど…、祥吾さんと、いたい…」 そう言って、ポロポロと涙を流して俯いた雪を見て、雪の祖父は、優しく微笑んで言ってくれた。 「香月さん、奈津をどうかよろしくお願いします。わしは、奈津が好きな人と幸せに過ごせるなら、それでいいと思っている。最近の奈津は、いつも寂しい様子だったから心配していたんだ。でも、香月さんの隣にいる奈津は、とても幸せそうに見えるよ。…奈津、わしのことは心配せんでいい。まだまだ元気だし、おまえの元気な姿を見てるだけでわしも幸せだよ。香月さんと、幸せになりなさい」 「おっ、おじいちゃん…っ!ありがとう…」 雪はそう叫ぶと、祖父に勢いよく抱きついた。 俺は、許してもらえた安堵と、ずっと二人で暮らしてきた雪と祖父を引き離してしまう心苦しさに、複雑な思いで二人を見た。 とは言っても、やはりこれから雪と一緒にいられることの方が嬉しくて、顔が緩んでしまうのを止められない。 しばらくして泣き止んだ雪が、祖父から離れて照れ臭そうに俺を見た。 俺は雪に笑顔を向けると、雪の祖父に深く頭を下げた。 「俺とゆ…奈津さんのこと、認めて下さってありがとうございます。必ず幸せにします。高梨さん、お暇な時は、いつでもウチに遊びにいらして下さい」 「ああ、ぜひ行かせてもらうよ」 雪にどことなく似た、皺の刻まれた優しい笑顔に、たった二人の家族だったけど、雪はこの人に育てられて幸せだったのだろうな、としみじみ思った。 あの日から一週間後に、雪が俺の元へ来た。 大学へ通うにはかなり遠くなったけど、俺が出来るだけ大学近くの駅まで送り迎えをしている。だってこんな可愛い雪に、変な虫がつかないか心配だろ?それに、俺が片時も雪と離れていたくないんだ。 そう俺が言った時の雪の笑顔は、心臓が鷲掴みにされたように可愛かった。本当に俺は、雪が可愛くて愛しくて仕方がない。 雪のトラウマの原因になったという元彼に、雪がはっきりと「恋人と暮らすことなったから、もう会ったりしない」と言ってくれた。 俺が見たところ、彼の方は雪に未練が残ってるように思えたけど、どうやらもう自分に振り向いてくれることはないと悟ったのか、「幸せにな」と言ってくれたらしい。 正直俺は、『雪にひどいことを言っておいて、どの口が言ってんだ』とムカついた。だけど、俺が出て行くとややこしくなるから我慢した。 彼との話を終わらせて、離れた所で待っていた俺の元へ雪が駆けて来た時に、彼と目が合った。 とりあえず、大人の余裕の笑みをかましてやった。大人気ないとは思うけど、雪を好き過ぎるから仕方がない。 雪が作ってくれた朝食を食べながら、時おり隣に座る雪にキスをする。 因みに、俺が雪の本当の名前を呼ぼうとしたら、雪に「祥吾さんだけの呼び方の雪のままがいい」と言われたので、そうしている。俺以外には、この名前は呼ばせないけどな。 「もう!食事中だよっ」 そう口を尖らせて雪が文句を言うけど、止めてやらない。 雪の白い頬がピンクに染まって目が潤んでいるから。俺のキスを、雪も嬉しいと思っているから。 「祥吾さん、次はどんなお話書くの?」 口の端にイチゴジャムを付けて、雪が聞いてくる。 当然俺は、雪の唇をペロリと舐めて、「そうだな」と笑う。 また頬を膨らませた雪の髪を撫でながら、甘い甘い恋の話でも書こうか…と、愛しい恋人の甘い唇を塞いだ。 …end.

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