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第1話
この世には、男女の他に、α、β、Ωという3つの性がある。
ほんの一握りの、生まれながらにして優秀なエリートの「α(アルファ)」。
αよりもさらに少なく、生む道具として虐げられている圧倒的な弱者の「Ω(オメガ)」。
そして、圧倒的大多数の平凡な「β(ベータ)」。
αとΩの「運命の番(つがい)」からしか、αは生まれない。
αは、自身の優秀な遺伝子を残すため、Ωを軽蔑し蔑みながらも、運命の番を探し求めてきた。
αの人口比率がその国の繁栄に直接影響する。
αの数をいかに高めるかが世界各国の最重要課題となり、国家プロジェクトとして、「運命の番(つがい)」を探索するプログラムの開発が開始された。
長い年月の試行錯誤の末、ついに、99.9%の精度を誇る「番(つがい)探索プログラム」が完成したのである。
◇ ◆ ◇
「キヨ? 朝ごはん、早く食べちゃいなさいっ!」
「はーい。あれ? この紙袋何?」
「あ、それ? カイくんのサンドイッチ。お父さんもお母さんも1週間留守にするって言ってたでしょ? どうせ、朝食抜きだろうから、バス停で食べられるように作ってあげたのよ」
「おーっ、気が利くじゃんっ! って、時間ないし、あいつと食べるから俺の分も包んでっ!」
「そう思って、ちゃんと用意しておいたよ。どうぞ」
「ありがとう。行ってきまーすっ!!」
母親から包みを受け取ると、紙袋にいれて、カイの家に向かった。
カイは、裏の家に住んでいる幼馴染み。
生まれた時から現在の高校まで、ずっと一緒で、誰よりも長い時間を共に過ごしてきた。
「カーイ?」
チャイムを鳴らすが返答がない。
なんだろう? 様子がおかしい。
胸騒ぎを感じながら、勝手に家の中に入った。
途端に、何とも言えない違和感を覚える。
これといった目に見える変化はないのに、何かが明らかに違う。
「カイ? 大丈夫か? ひょっとして、昨日のあれで体調悪いの?」
昨日、カイと初めて結ばれた。
気が付いたときには、カイのことが好きだった。
息をするのと同じくらい、自然で当たり前なことだった。
カイも俺と同じだったらしい。
互いの気持ちを言葉で確かめ合ったのは、1年前。
そして、昨日、俺たちは大人の関係に進んだ。
そんな幸せな朝のはずなのに、この違和感は何だろう?
胸騒ぎが一層激しくなる。
ドキドキと心臓の鼓動が、これまで聞いたことがないほどの大音量で響く。
「カイ?」
そっと、カイの部屋の扉を開くと、咽かえるような何とも言えない不思議な匂いが溢れ出た。
俺は、やっと思い至った。
さっきから感じていた違和感の正体はこの匂いだ。
この匂いが、家全体を覆っていたのだ。
花や芳香剤とは違う。
今まで嗅いだことのない、体が震えるような、冷静じゃいられない匂い。
カイの部屋は、カーテンが閉め切られた薄暗いまま。
ベッドにこんもりと膨らみが見える。
そこから、はぁっ、はぁっと苦し気な声が聞こえる。
「カイ?? どうしたの? 具合悪いの?」
「来るなっ!」
慌てて駆け寄ろうと、部屋に足を踏み入れると、大声で制止された。
カイは、布団にもぐったまま顔をみせない。
「カイ? どうしたの?」
「来るなっ!」
カイの声に、尋常じゃない事態を感じとる。
何が起こった?
昨日のセックスが原因か?
「昨日、セックスのやり方、間違えた? 病院に行った方が……」
「違うから……」
カイの声が震えている。
「だって、すごく具合が悪そうだし……」
「違うって……」
「絶対に、病院に行った方がいいって」
「病気じゃないから……」
「え?」
何度も、言いよどむ気配がする。
やがて決心したのか、思いのほか、はっきりした声で呟いた。
「は、発情したみたい」
「え?」
「だから、発情期……」
「はぁ? ふざけんなよ? 発情期って、Ωだけだろ? βに発情期なんて聞いたことがない!」
「βからΩに転性する場合もある。昔、遠い親戚で転性した人がいるって聞いたことがある」
「そんな……」
口では否定しながらも、俺はカイの言葉が真実だと確信していた。
Ωには、自由恋愛は認められない。
「運命のα」の子を生む道具としてだけの人生。
布団の中から洩れ出るカイの押し殺した泣き声に、俺は、かける言葉を見つけられないまま、ただ黙って立ち尽くしていた。
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