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Blast 前編①

透明な縦長のグラスに無色透明な蒸留酒が注がれる。グラスにみっしりと詰まった、レモン水で出来た氷の間を通り抜け、底にたどり着くと乾燥したミントの葉を舞い上げる。 「お待たせしました」 店主のテオが、俺の前にグラスを置く。 『苔庭のイタチ亭』に来た時はいつもこれを頼む。 "ブラスト"という名のカクテルだ。 その名の通り、一口飲めば突風が口の中から腹の底まで駆け抜けたように身体を冷やし、ミントとレモンの爽やかな余韻が鼻から抜ける。 夏場はそこそこ人気らしいが、外に粉雪がちらつくような今の季節にこんな余計寒くなるような酒を飲んでいるのは多分俺くらいだ。 なんたって、この酒はーーーーーー 「なあ、テオさん」 黒髪から生やした丸く短い耳を微かに動かして、テオはこちらを向く。テオはイタチの獣人だ。 「ヴィーノ、来た?」 テオは細い目に少し力を入れて、眉を下げて黙って首を振る。 「そうか」 俺はグラスを傾ける。火を焚かれたこの店の中は暖かい。氷が溶け始めて、酒がますます冷たくなったように感じる。 俺は冒険者だ。一応。 今はパーティを組まずに、独りで難易度の低いクエストをこなして日銭を稼いでいる。十代、二十代の頃は血気盛んで、冒険者への憧れだけで身体を鍛えて難易度の高いダンジョンなんかに挑んでいたが、三十路も半ばを過ぎて体力の衰えや自分の力の限界を感じ始め、そろそろどこかで腰を据えて暮らし始めようかと思っていた。 相棒のヴィーノと。 ヴィーノは貴族の坊ちゃんみたいな大人しそうな面をしている癖に、血の気が多くて図々しいヤツだった。 初めて会ったのはダンジョンの中だ。ボスを倒した後ドロップしたアイテムを別のパーティーに取られそうになって、俺と同じように独りで来ていたヴィーノと戦ったのがバディを組んだきっかけだった。 この酒も故郷の酒だとか言って、テオがいない間に勝手に厨房に入って作ってた。 美味くなきゃテオに1発殴られていただろう。テオに見つかった時、微妙に殺気を醸し出してたからな。 そんなヴィーノは、独りでダンジョンに行ったっきりで、半年経った今も戻って来ない。 しかも、喧嘩別れしたままだなんて最悪だ。

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