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第3話
狐につままれたような気持ちのまま、お客様を誘導する。
何人かのスタッフが万里の連れている男に親しげな挨拶をした。
この男、受付でのチーフとの会話といい、かなりの常連らしい。
席は客の希望を聞いたり、混んでいれば店長や副店長が指示を出したり色々だが、新人の万里は特に指定されなければ他のスタッフの目の届きやすい場所にしろと言われている。
男に聞くと、任せるとのことなので、厨房とも近いフロアの真ん中の席に案内した。
上質な皮張りのソファに並んで座り、まずはマニュアル通りに挨拶をする。
「改めまして、ご指名をいただきました『バンビ』と申します。本日はどうぞよろしくお願いします」
「久世 昴 だ」
どこかおざなりに聞こえる名乗りと、品定めをするような視線を居心地悪く感じつつ、メニューを差し出す。
「最初のお飲み物は如何なさいますか?」
「任せる。お前も好きなのを頼んでいいぞ」
「………………」
この男、初めてのお客様として少しは協力しようっていう気はないのか。
キャストとしては今こそ高いものを強請ったりするべきなのかもしれないが、初めての客相手にどこまでが許されることなのかもわからず、正直途方に暮れてしまう。
ボーイにそのまま伝えるわけにもいかないので、断りを入れて厨房に相談しに席を立った。
その道中で、すっと桜峰が近づいてくる。
「久世様が何でもいいって言ったのならキューバ・リブレをお出しするといいよ」
「あ……、ありがとうございます!」
何に困っているとも言っていないのにこの的確な助言。
ありがたすぎる先輩のフォローに深く頭を下げた。
オーダーを終えて戻ると、すぐにボーイが頼んだものを持って現れる。
テーブルに置かれたグラスを見て、久世はニヤリと笑った。
「……眠兎だな」
男の視線を追った先には桜峰がいて、気付くと、ふわりと笑って軽く頭を下げている。
やはり、綺麗な人だ。何故目の前の男は彼ではなく自分を選んだのか……。
マドラーの先を長い人差し指で弄んだ久世は、万里に向き直ると肩を竦めた。
「確かにこれは好きなカクテルの一つだが、俺はバンビちゃんのおすすめが飲みたかったんだけどな」
安易に人を頼ったのは失敗だったかと、内心ひやりとする。
「も…申し訳ありません」
「ま、それは次のお楽しみにとっておくか」
「………」
次もこんな飲み物の選ばせ方をするつもりなのか。
久世の言葉尻にはいちいち含みがあり、気にしないようにしようとしても引っかかってしまう。
意地が悪いのだと思う。店に入ってきたときにうっかりこの顔にぼーっと見惚れていた自分を殴りたい気分にすらなってきた。
「何か客の気分をよくさせるようなトークはしなくていいのか?」
「っ……次のオーダーの参考にさせていただきたいので、差し支えなければ久世様のお好きなお飲み物を教えていただけますか?」
「客の希望を読み取ってこそのキャストだろ?」
キャストはエスパーじゃねえ。
暴言が出掛かってぐっと言葉に詰まると、男は、ニヤリと不穏に口の端を吊り上げた。
「俺の態度が不満か?そうだな……『初めてだから優しくしてください』って言えば優しくしてやるよ」
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