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第6話
二日目からは、それなりにスムーズだった。
毎日ではないが万里を指名してくれる人もいて、また久世のような客だったら……と不安に思ったのも最初のうちだけ。万里の経験不足で上手く応対できないこともあったが、確かに桜峰やチーフの言うように優しいお客様ばかりだった。
そうして少し慣れてきた頃、再び久世がやって来た。
指名されない可能性(期待)も十二分にあったが、残念なことに『バンビちゃんで』だそうで、チーフに呼ばれ、万里は内心で特大の溜め息を吐きつつテーブルに向かった。
長い足をゆったりと組み、窓の外を見つめる横顔は育ちのよさそうな華やかな美形なのに、視線だけは上空から獲物を探す鷹のように強く、鋭い。
『SILENT BLUE』の客は見目の整った者が多いが、久世はその容姿だけではない、目を離せなくなるような雰囲気があった。
思わず見惚れて、何をしているのか自分は、と慌てて首を振る。
見た目のいい人間は得だ。あんなに性格が悪くても、その存在に無駄な説得力がある。
近付いていくと、ふっと久世がこちらを向いた。眼光の鋭さは既に消えている。
悪いことを企むような瞳の輝きに内心辟易しつつ、「こんばんは」と一声かけて、その隣に座った。
「二度目のご指名ありがとうございます」
「よう、バンビちゃん。少しは慣れたか?」
「お陰様で、少しだけ。ですがまだまだ、日々学ぶことばかりです」
思わず『お陰様』に力が入ってしまった……。
「どんな部分に俺のお陰で慣れたんだ」などと言い出される前に、万里はメニューを差し出す。
「今日はお飲み物は如何なさいますか?」
「任せる」
「かしこまりました」
お手並み拝見、と言わんばかりの表情がプレッシャーをかけてくるが、万里もあれからの日々を安穏と過ごしていたわけではない。
同じ轍だけは踏まないようにと、『任せる』に対応できるよう、傾向と対策は練ってきた。
「アースクエイクでございます」
ボーイが机に置いたものを見て、久世は「ほう」という顔になった。
これが反撃の一手だ。
アルコール度数が高く、飲むと地震にあったかのような感覚を覚える、というのが名前の由来のカクテルである。
メニューには載っていないが、カクテルを色々調べていたらこれを発見したので、厨房を預かる鹿島に聞いてみたところ、「いつでも頼んでもらっていい」というお言葉をいただいた。
酔えば、態度が軟化するか、或いは早めに帰ってくれる可能性もあるのでは……という算段である。
だが、早く飲んでほしいと急く気持ちに反して、久世はグラスに手を付けようとしない。
特にマイナーなカクテルでもないので、遊んでいそうなこの男がどんなものか知らないはずはなさそうだが、もしやそれほどアルコールには強くないのだろうか?
ギブアップするようなことがあれば「任せるとか言うからだろ」と勝ち誇ってやれるのだが。
「いいチョイスだが、バンビちゃんは同じものを飲んでくれないのか?」
「えっ……」
これは、ちょっと、想定外の切り返しだった。
確か前回は『お前も好きなものを頼め』と言われたような気がするが、今日は言われていない。
万里は、慣れていないだけかもしれないがあまり酒に強くはないようで、もう少し飲めるようになるまでは強いものは飲まない方がいいかもしれないと言われている。
万里はカクテルグラスを満たす黄色く濁った液体を冷や汗をかきながらじっと見た。
…これは、客の望みなのだから飲むべきか、接客に支障をきたすと断るべきか…。
お酒は弱いので、と正直に言ったら負けな気がして、ボーイに自分の分も頼もうと決意した時だった。
「あー…そうか、バンビちゃんは未成年 だもんな。無理にすすめたら俺がお縄か……」
「せ い じ ん し て ま す !」
前回のキューバ・リブレは飲んでいたのだから、わかっているだろうに。
一応、『いいチョイス』だとは言っていたが、「こちらのお客様にウーロン茶を」などとボーイにふざけたオーダーをされて、敗北感しかない。
やっぱり、この男は鬼門だ……!
またもやその調子で二時間ほど弄ばれ、「またな、バンビちゃん」と去っていく背中に、「二度と来るな」と……、
心の中だけで文句を言った。
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