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第7話
今から二か月程前のある日の夜。
万里は自宅で友人に勧められた動画を見ながら、夕飯にとコンビニで買ってきたカツ丼をかきこんでいた。
おすすめって言うほど面白くもないけど、などと内心で文句を言っていると、電話が着信を知らせる。
昨夜帰ってこなかった父からだった。
万里ももう自分のことは自分でできる年なので互いの生活にがたがた口を出したりしないが、帰るか帰らないかくらいは連絡が欲しい。
同居人としてちゃんと注意しないと、と溜め息をつきながら画面をフリップする。
「もしもし、父さん?」
『万里、父さんの会社、倒産するんだ☆』
「………………………」
開口一番、しかもふざけた口調で告げられて、無断外泊の上何を下らない洒落を言っているのかとイラっとした。
「そんなことより父さん」
『今色々金策してるけど~、家も担保に入ってるから差し押さえとかあるかも。万里はどこか違う場所で寝泊まりしてて』
口調に緊迫感はないのだが、内容は冗談で済むようなものではない。
遅まきながら、これが冗談ではないのだと理解して焦る。
「って、本当のこと!?そんなに経営悪かったの?つか、いきなり違う場所って言われても…」
聞きたいことだらけだというのに、無情にも「じゃ☆」と通話は切れた。
「父さん……」
愕然と物言わなくなったスマホを見つめてしまう。
バブル世代の恩恵を受けて育った父は、どこか浮世離れしているというか、地に足がついていないというか、人柄はいいのだが仕事はからきしだった。
祖父の築いた卸の会社を受け継いだ頃には既にバブルは弾けていたが、幸か不幸か、祖父の残した資産が多かったことで、延々と続く不況を今まで乗り越えてきてしまった。
……来る時が来たか、という気もする。
が、それにしても急すぎる。
資金繰りが苦しいことを聞いたこともなかったし、父は常に明るかった。
父子家庭で、ものすごく頼りになるという風でもなかったが、それでも父の明るさには救われていたし、万里も相談されれば少しでも力になろうとしただろう。
今まで何も知らずにいたことが、ショックでもあった。
「(どう……しよう……)」
あまりに突然すぎて、頭が働かない。
どこかと言われてもどこにいればいいのか。
家に置いてある家事費で、少しの間は生活できるだろう。
だが大学は?長期化したら、どこかに家を借りて住まなければならない。大学に通う時間は無くなるだろう。
何より、この家や、父はどうなるのか。
万里がまだ幼い頃に亡くなった母の思い出もあるこの家が、こんなに簡単に人手にわたりそうになっているというのに、自分は、何も………。
どうしたらいいかわからずしばらく硬直していると、インターホンが鳴った。
その時万里は思考停止状態で、訪問者が誰かということまで考える余裕がなかった。
平時であれば、このタイミングの訪問者が望ましくないものであるとわかっただろうに。
サンダルをはき、のろのろと玄関を開けると、ザッ、と風が吹いた。
「こんばんは」
門の向こうから、艶のある声が聞こえる。
月明かりの下で怪しく微笑んだのは、この世のものならざる美貌を持つ青年だ。
…これが、万里と『SILENT BLUE』のオーナー、神導月華との望まざる出会いだった。
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