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第12話

 久世とはラーメンを食べ終えるとその場で別れた。  予想はしていたがラーメン代を払わせてはもらえず、うっかり肉のことでヒートアップしてしまったことを謝ると、「いいって言っただろ」と笑われた。  別れ際、何となくもう少し話をしたいとか思ってしまったのは、親しい人と会えなくなっていて人恋しいせいだし、ぽんぽんと頭を撫でられて顔が赤くなったのは、子供扱いされて頭に血がのぼったからだと思いたい。  そういえば、久世はどうしてあんなところにいたのだろうか。  万里の地元は所謂問屋街の近くにあり、華やかそうな久世の生活(勝手なイメージ)とは結び付かない。  仕事だろうか。  ……久世のことは、なにも知らない。  翌日、次に久世が店に来たらどんな顔をしていたらいいのか、そわついた気持ちのまま早めに出勤した。  早めの出勤はもちろん勤勉な心掛けからではなく、賄いが目当てだ。 「おはようございます。鹿島(かしま)さん、なんか食べるものありますか?」 「ああ、鈴鹿、おはよう。何が食べたいんだ?」  まっすぐにいい匂いをさせている厨房に足を向けると、ウィングカラーのコックコートの男が菜箸を片手に振り返った。  ツーブロックのベリーショートに人のよさそうな垂れ気味の目元。  『SILENT BLUE』の厨房はこの鹿島一輝(いっき)という男が一人で仕切っている。  経歴はわからないが料理の腕は確かで、料理を目当てにやって来る客もいるという。(席料だけでも高額だというのに……)  細身でキラキラしいスタッフばかりの『SILENT BLUE』において、鹿島は比較的逞しい兄貴系で、ノリも『親戚の兄ちゃん』風なので、万里にとっては親しみやすい相手だ。 「なんか、米。ガッツリしたもの」 「鈴鹿は健啖だな。少し待ってろ」  鼻歌まじりに冷蔵庫を物色する背中を見るともなしに見ていると、「おはよう、早いね」と声をかけられて、そちらを見た。 「どう?お客様と話すのは大分慣れた?」 「チーフ……おはようございます」  セミロングほどの長さのストレートヘアを後ろに束ね、怜俐な美貌に柔らかい微笑を絶やさない、万里のもう一人の教育係だったチーフの伊達(だて)唯純(いずみ)だ。  チーフというのは『SILENT BLUE』では店長、副店長に次ぐ役職なので、本来なら一番店に出ていそうなのだが、営業時間中に彼がフロアにいることはかなり少ない。  それには少し意外な理由があった。  賄いはバックヤードで食べてもいいが、厨房の脇にも従業員用のカウンター席がある。  そこに座るように促され、伊達と並んで座った。 「まだあたふたすることの方が多いですけど、少しだけ慣れました」 「よかった。指名も入ってるみたいだし、安心した」  にっこりと微笑まれると、妙な罪悪感がある。  久世とはちっともちゃんとやれていない。   「あの……久世様ってどういう方なんですか?」  思わず聞くと、調理の合間に伊達に紅茶を持ってきた鹿島が口を開いた。 「昴サンはいい人だよな。何出しても喜んで食べてくれる」  いい人……いい人……?  いい人な久世は万里の知っている久世ではない、と思う。  まったく共感できず、今度は伊達を見た。 「それはお客様との関わりの中で、万里が考えていくことじゃないかな」 「俺が……?」 「彼が一輝に見せている顔と、万里に見せている顔は違うと思う。相手によって接し方を使い分けることが自分を偽ることや相手を騙すことだとは僕は思わない。相手が自分に見せている、見せたがっている部分を肯定することが、『SILENT BLUE』の役割だと思ってるよ」  自分が見たい相手の姿を追いかけてはいけないと括り、伊達はティーカップに口をつける。  伊達は綺麗で優しいが、厳しい。  そして難しい。 「鈴鹿、わかったか?」 「わかっ……たようなわからないような」  鹿島もわからなかったようなので万里は少しだけほっとした。

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