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第21話

 「おべんとってお前」と笑っている久世を赤い顔のまま睨みつつ、何故、この男が自分にこんなことを言うのかと考える。  久世と神導が仲間ならば、万里に金を貸すのではなく、返済させなければならないはずなのに。  父との一件に久世は無関係なのか。  確かに、久世が関わっているという確証があったわけではない、けれど……。 「何で俺に…そんなことを?もしかしたら、担保になるって約束だけして、金持って逃げるかもしれないのに」  思いきって聞いてみると、笑いを納めた久世は肩をすくめる。 「その場合はお互いにとって残念な結果に終わることになるが、…そうだな、頑張ってる奴の力になりたいって思うのは普通のことじゃないか?」  そして何かまともなことを言い始めた。 「あんたが言うと…ものすごく嘘臭い…」 「おい酷いな」 「いつもからかうくせに」 「困難に負けないように頑張ってるバンビちゃんを見るのが好きなんだよ」  そのために自ら困難を作り出しているのか。  最悪の趣味だ。  趣味の悪さはともかく、目の前で穏やかに微笑む久世には、万里を陥れようとする意図は感じられない。  だが、信じたい、と思ってしまう自分の気持ちこそが、今の万里には信用できなかった。  父のことも信じたいと思っていたけれど、結局連絡はない。  万里の『こうであってほしい』と『現実』は同じではないのだ。  万里が『担保になるからお願いします』と言ったら、久世が金を用意してくれて、それを払って父も会社も戻ってくるのか?  ……とてもそうは思えない。  万里も少しずつではあるが、自分の甘えに気付き始めていた。  結局、縋りたいだけだ。  自分の気持ちは『信頼』などという綺麗なものではなくて、不安定な今の状況で、寄りかかる存在を求めているだけなのではないか。  心のどこかで、誰かがこの状況を何とかしてくれるのではないかと思ってしまっている。  けれど、そうじゃない。  もしもこの一件に関して、久世が無関係だったにしても、こんな気持ちで縋ってしまったら、それこそ失ったものは何一つ戻ってこない気がする。 「困難を与えられ続けることになりそうなので遠慮します」  雑念を振り払うようにそっと首を横に振り、お気持ちだけ、と頭を下げると、久世は特に残念そうでもなく「そうか」と引き下がった。 「バンビちゃんは危機管理能力が高いな」 「やはり危機を与えようと……」 「言葉の綾だろ。一応冗談にしておいてやるけど、本気で困ったら俺以外の男のところに行く前に相談しろよ」  万里は曖昧に頷く。  他の男云々こそ冗談だとは思うが、これを嘘だと断じてしまいたくはなくて、しかし鵜呑みにもできないのではっきりとした反応はできない。  パスタを堪能した後、一応遠慮はしたが、自分もそのまま仕事に行くからという久世の車で送ってもらってしまった。 「今日はなかなか楽しいハプニングだったとはいえ、ちゃんとしたものを食わせてやれなくて悪かったな」  何と言って車から降りればいいのかわからず口ごもった万里に対して、久世はごく自然に謝ってくる。  きっと高価なものであろう靴とスーツを水浸しにしたのを、『楽しい』と言ってしまえる余裕はすごいと思う。  これで万里を故意に道連れにしていなければ、もう少し素直に『久世のせいではない』と言えたのだが。 「ラーメンも好きだけど、俺…あんたの作ったパスタも好きだよ」  万里なりの精一杯の『ご馳走様』のつもりだったというのに、一瞬目を丸くした久世は、ニヤリと悪い顔になった。 「また部屋に連れ込まれたいのか…大胆だなバンビちゃんは」 「その思惑は欠片も入ってなかったですから!」 「何だか……心配になってきたな。お菓子くれるからって知らない人について行くんじゃないぞ」  って子供か!  やけに真面目な顔で心配してくる久世に、思わずツッコミのワンパンを入れた。

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